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フィリピン旅日記

いきさつ
リナさんと出会ったのは6年前、私が水上のとある温泉旅館で仲居をしていたときのことだ(注)。リナさんは旦那さんのラディさんと親戚のマリオと3人で、昼間は厨房で調理補助をし、夜はマニラトリオの名で宴会場で「酒よ」とか「真夏の果実」なんかを歌っていた。私が声をかけたのはラディさんが盲腸で入院して、ちょうどトリオがデュオになっている頃だった。ラディさんが退院してきてから夫妻の部屋に遊びに行ったのがはじまりで、私たちはその後数回、群馬の磯部や秋葉原やディズニーランドなどで会った。

まれに連絡するぐらいだった彼らの家に、遊びに行くことに決まったのは8月下旬。後輩武田ちゃんと妹のちひろチケットの手配をするとあっという間に当日だった。

注:正確には、水上のホテル聚楽に行って宴会場のかたづけとかの学生バイトをやっていたときのこと

出発
5日以上なら何日でも3500円の格安駐車場「アラジン」に車をとめ空港へ。
NWのカウンタでいやにもめていると思ったらソウル行きが欠航していた。ゴルフ仕度のおじさんたちには申し訳ないけれどマニラでなくてちょっと安心。発券にとても手間取り、チェックインできたのは出発時間の1時間前だった。

マニラでは荷物のひきとりに時間がかかるというのでバッグはひとり1個ずつ、機内もちこみに決めた。乗り込んでみると頭上の棚はすでにいっぱいで足下に置いて窮屈に座って約4時間。緊張からか、やけに長く感じられた。

危険地帯マニラのまっただ中へ!
マニラの空港はしめったにおいがしていた。外は雨があがったばかりだった。
入国審査と税関を通るとすぐに外貨交換窓口があり、全員一万円ずつを現地通貨に替えた。1ペソ4.9円と聞いていたけれど、ちょうどこのところペソに対して円がすごく上がったおかげで2400ペソ受け取った。1ペソ4円強。でも1ペソにどのくらいの価値があるのか私たちはまだ知らない。

さあ、いよいよシャバに出るのだ。
税関を抜けるとクーポンタクシーのカウンターがいくつもならんでいる。
信用のあるタクシーはニッサンとアビス(エイビス)!まっしぐらにニッサンのカウンターに行き255ペソ払う。3人で割るとひとり400円。バスみたいな値段だ。だいたいの地域で値段が決まっていて、これでホテルまで連れていってくれる。

クーポンを持って外にでると、いかにもこっちだよという風に何人もの男たちが一斉に手をあげる。それにダマされるとぼったくりタクシーにどっか連れて行かれてしまうのかもしれない。緊張しながらカウンターに進む。誰も彼もが腕章をしていたり、制服を着ていたりして、カウンターに座っているからって信用していいのかどうかもわからない。ぱっとクーポンをとりあげられてどきっとする。でもちゃんとニッサンに乗せてくれた。へたなカタカナで「タクシー」と書いてある。室内はクーラーが効いていて、清潔で、禁煙で、乗り心地も快適。

タクシーにのって
タクシーはゆっくり街に出る。「カラオケ」、「焼肉」、日本語や漢字が目立つにぎやかな街を通る。深夜にもかかわらずジプニーという乗り合いバスが通りをぎっしり走っている。わあ、これが初めて見るマニラ!そして初めて見るアジア!

裏道にはいるととたんにさびしくなって、また不安になった。人々は信号無視していくらでも出てくるし、信号は壊れていたりなくなっていたりするし、道ばたから注射器を持った男がふらりと出てくるし、両側に車がとめてあって、道ばたは廃墟だったりして正面から車が走ってきたりしてとてもこわい。マニラの運転は戦いだ。意地を通した方が勝つのだ。

タクシーは迷いながら30分くらいで予約していたエルミタのマビニマンションホテルについた。ドアマンや警備員がぞろぞろ出てきて荷物をもってくれる。カウンターのひとたちはとても親切でスムーズにファミリールームに決まった。2つのベッドルームにキング1ことツイン1組、それぞれトイレとバスがついていて、ほかにキッチンとテーブルつきの居間がある。古そうでややカビくさいにおいがし、床が少し汚れているけどこれで2日で4600ペソ(18000円)。

夜のエルミタ
部屋に着いてひととおり見回すと喉が乾いてきた。でも冷蔵庫には何も入っていないし、建物の古さからいって水道水も飲みたくない。しかたないのでフロントに行ったが、自販機はおろか水の予備もないみたいだ。レストランも閉まっている。するとフロントの兄ちゃんが「外は危ないから一緒に行ってあげよう」といって歩きはじめた。このひとは信用していいんだろうか。表に出たとたんにナイフをつきつけてお金を要求したりするんじゃないだろうか。それは考えすぎだろうか。うーむ。いかにも寂しい駐車場を通り裏から出ると真っっっ暗な通りの向こうに「スーパーマーケット」と書いてある雑貨屋があった。ジュースを1本余計に買って帰り、遠慮する兄ちゃんにお礼に無理矢理渡して部屋に戻った。誰も彼も彫りが深くてこわそうな顔立ちだけど、どうも案外いいひとが多そうだ。

テキサスチキン
7時に目が覚めてテキサスチキンに朝食に行った。セットが150円くらいで、照り焼きチキンかコンビーフに炒り卵、味なしおむすびと無果汁オレンジジュースがついている。しかしあまりにまずいので半分残して前日のスーパーに行き、水とジュースなどを仕入れ、部屋に戻った。ホテルの前の道を片足のないひとが杖をついて往来している。となりのホテルの警備員がハローと声をかける。シャッターの間から手がでていておもてのひととお金の交換をしている。あちこちにMoney Changeの看板が出ている。

エルミタは新興開発計画かなにかのせいで数年前から急速に寂れてきたもと歓楽街ということだった。まさかこれほどあぶなそうなところとは。まさかマニラじゅうこんな感じなのだろうか。リナさんは今日教会で大事な用事があるので明日までは連絡がとれない。今日一日、私たちだけで観光できるのか。これはちょっと勇気のいる挑戦だった。

電車に乗って
今日の予定は高級ショッピング街マカティに行くことだった。比較的治安もよくて豊かな地域だということだったからだ。ホテルから徒歩10分のUnited Nation駅で10ペソのトークンを買ってエドサ駅まで向かった。電車にはとりたてて貧しそうなひとはいない。さほど混んでもいない。電車の両脇にはやたらに学校がある。高架沿いにの豪華な大学や遠くの建てかけのマンションの美しさと、崩れ落ちた廃墟や燃えたままの焼け跡が対照的だった。エドサ駅に着くと、ひとに聞きながらバス停についた。もう先が思いやられるぐらい湿っぽくて暑い。

バスは停まらない
バスに対する認識がかわった。バスは走ってる最中に扉をあけてスピードを落とした感じのときに飛び乗るのだ。しかも行き先はどれもはっきり書いていなくてどれに乗れば着くのか全然わからない。あちこちのひとに聞いて、やっとマカティ行きに乗った。3人で18ペソ(70円くらい)。そのバスは日本の中古で「神戸XXXX」とか、「次のバス停でとまります」とか書いてあった。気づくとそれ以外のどのバスも「須磨団地行き」とか「ワンマン」とか書いてある。反対車線を福山通運が走っていった。

マカティのメガモール
バスは10分くらいでマカティについた。手始めにSM(シューマート)に服やサンリオ商品をあさる。1200円ぐらいお買いあげの方には400円ぐらいで特別提供というスポーツバッグとポーチの3点セットがあった。これが目当てでいろいろ買う。どこまで歩いても店・店・店!!新宿よりも渋谷よりも横浜よりも広い街だ。あとから知ったが、私たちが半日かけて歩きまくったエリアはわずかマカティの6分の1程度で、マカティは日本にはないくらい巨大な高層都市エリアだった。

目当てのファーストフード店がつぶれていたので近くのデパートの下のフードコートに入り、思い思いの店で昼食を買った。ひとり300円か400円くらいだった。どうもフィリピンは食文化にあまり恵まれていないような気がする。特に「カレカレ」という、郷土料理は3人ともどうしてもたべられなかった。

仔ぶたの丸焼きと仔ぶた
仔ぶたの丸焼きと仔ぶた

牛のふわふわしたモツをピーナツペーストで煮てあるのだ。塩気が薄かったので魚醤油パティスをもらいに行くと、これはこっちが合うといってアミの塩からの砂糖漬けのようなものをもらったが、これはよけいたべられなかった。

表に出ると雨が降り出していた。

ジプニーの運転手に囲まれる
およそ初対面で国籍を聞いてくるひとにろくなやつはいない。特にジプニーや、AVIS、NISSAN以外のタクシー会社の運転手はひとが迷っていると必ず声をかけてきて「台湾人か?韓国か?」と聞いてくる。しかし不思議と日本が出てくるのは最後の方だ。よほど日本人の女の子は珍しいのか、もしくは私たちの変装(できるだけきたないGパン、できるだけヨレヨレのTシャツ)が板についていたらしい。いよいよ迷ったときにジプニーの運転手に囲まれて、地図もとりあげられて、しまったと思ったが敵は日本語を見てもわからないのだった。

ジプニーの運転手たちに「私たちはタイワニーズだ」と答えるとあからさまに残念そうな顔をした。台湾の方に失礼じゃありませんかね。まあ、中華系のひとたちは経済観念が発達していることは確かだから、そういうこともあるだろうけど。

さらに道をきいても続々と運転手たちが集まって十数人が口々にどこに行きたいんだ、いくら払えるんだとせっついてくる。考えてみればそれはそうだ。金ヅル!と思っているみなさんにバス乗り場を聞いても教えてはくれないでしょう。なんとなく切迫した雰囲気になってきたので地図をとりかえし、「I get on the bus!(バスに乗るわ!)」というべきところを「I will take a bath!(ふろに入る!)」ときっぱり言いすてて私たちはバス乗り場へ向かった。

バスに乗ろうとすると乗務員がまた国籍を聞いてくる。キミね、そんなことを言ったら相手が警戒するのはわかるでしょう。幸い、乗ったバスはぼったくりもなく親切な客もいて、降りるところを教えてくれた。出るときにお礼をいったら、全然関係ないひとまで声をそろえてウェルカームといって送り出してくれた。

サンアンドレスマーケットへ
フィリピンはドリアンがとれる国だ。海を渡ったドリアンは日本で1万円。ちーさんに言わせると「1度食べてみたいフルーツ・ナンバーワン」だそうだ。ふたたび高架鉄道に乗ってこんどはキリノ駅でおりる。雨がぱらぱら降っている。道ばたにネコが死んでいて、反対側に浮浪者が死んだように眠っている。マーケットの真ん中でネコくらいの大きさのネズミが平べったくなっている。これがフィリピンなのね・・・。

初めてのアジアでけっこうすごいものを見てしまったおかげで、その後私はホテルの部屋に詐欺師から電話がかかってきても、パスポートを盗られてもあまり動じないひとになった。ありがたいありがたい。でも当時はまだそれが熟成していないのでトライシクルの男たちに声をかけられだんだんこわくなってきていた。結局入り口の店でいくつかフルーツを味見して、マンゴスチン6個とマンゴー2個、2kgのドリアンをしめて2000円くらいで買った。さあ、日が暮れる前に帰らなきゃ。

ドリアン

シーフードマーケットレストラン
汗と雨でびっしょりになってもう二度とはきたくないGパンをクーラーでよく冷やしてもう一度はき、歩いてシーフードマーケットレストランへ。300mもないところまでなのに、タクシーの運転手が「50!いや40でどうだ」とせっつく。でもまだ明るいから大丈夫。

廃墟たちならぶ道を歩いてレストランについた。広々として明るくて、店に入るときれいなお姉さん(たぶん年下)がカートを押してつきそい、エビや料理についてアドバイスしてくれる。でもなんとなくせかされている感じであわてていたらラプラプという魚、からす貝、エビ、イカ、野菜などを選んで6千円になってしまった。朝昼の安さが身に染みついてきたところだったのでものすごく高い買い物をしたような気分になった。

でもさすがに味はいい。味付けは中華風が多いけれど頼めば天ぷらでも刺身でもなんでもやってくれる。さんざん食べて外に出たら夜になっていた。両側の廃墟が薄気味わるい。こんなところ、歩いちゃいけないのだ。300mだって、歩いちゃいけない、いけないと思いつつ、タクシーもいないし、呼んでもらうのも気が引けるし、めんどくさいし早く帰りたいし、と、車道の真ん中を競歩するように帰る。

ドリアン
冷蔵庫の中に生ゴミくさいにおいがたちこめている。ちーさんと武田ちゃんは手にトゲを刺しながら部屋にあったキレの悪い包丁で必死に切る。本当はドリアンは割ってもらって来るべきだったのだ。ちゃんとしたところなら剥いてくれるものらしい。ドリアンはパイナップルの中をいくつかの部屋に分割して悪くなりかけたバナナクリームとくるみ(たね)をつめたような感じのフルーツだ。ねばねばして、ひと口めはまずい。だんだん慣れてくる。でも格段おいしくもなかった。歯を磨いてもいつまでも口のなかがねばねばした。

テレビを見ていたら「ハクション大魔王」をやっていた。Sneezing Magicianという洋題がついていて、セリフはすべて英訳されているけれど、おまじないの言葉は「アラビンドビンハゲチャビン」なのだった。

ハクション大魔王


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