白人ツーリストにひとこと言いたい

 ちょっと愚痴をきいてほしい。

 その日アティトラン湖畔のパナハッチェルに行こうとしていた。グアテマラシティから走ってきたバスは、ロス・エンクエントロスで私をおろした。パナハッチェルまでの直行バスではなかったようで、乗り換えないといけないらしい。乗ってきたバスの助手がすぐ目の前に停まってるバスを指さし、
「あれがたぶんパナハッチェル方面に行く」
という。行ってみるとバスのヨコにツーリストらしき白人の男のひとが立っている。どこに向かうんだろ、という目で見たら、
「英語喋れる?」
と訊かれた。
「うん」
と言うと彼は、
「これからパナハッチェルに行くんでこのバスの運転手を待ってるんだ」
と言った。

 彼は今日、チチカステナンゴから来たとこだそうだ。クリスマス休暇に全部で2週間ぐらいの旅行をしてるんだ、と彼は言った。最初の5日間はアンティグアでスペイン語をならってホームステイし、昨日はチチカステナンゴ、今日はパナハッチェルで、明日はまた別のとこ、そしてグアテマラのあとはコスタリカに行くという。私もこの前コスタリカに行ったよって言ったら
「コスタリカはどこが一番よかった?」
って訊かれ、国立公園や火山公園の話をした。彼はアメリカ人でゲイブといい、サンディエゴとロスの間の街に住んでて歳の頃は私と同じくらい。つまんだように鼻梁が高く、ちょっと冷たい感じの顔立ちだけど、笑うと急にひとの好さそうな顔になる。バスに乗ると通路をはさんで隣あわせに席をとり、走り出してからも話がつづいた。

 しばらくしてバスターミナルについた。ツーリストが全然いなくて素朴そうで、地元のひとがにこにこしていて感じのいい町だ。私が荷物をバスから降ろすのを待って、彼は並んで歩き出した。けど歩いていても、どうもパナハッチェルの地図にある場所に出ない。おかしいと思って道ばたのひとに訊きはじめた。何人かに町のメインストリートを訊いたけど知っているひとがいないので、変だなと思い
「ここってパナハッチェルでしょ?」
って訊いたらみんなが口をそろえて、
「ここはソロラだ。パナハッチェルは8キロむこう」
という。ゲイブと顔をみあわせた。そういえばおしゃべりしていたせいで、運転手にパナハッチェル行きかをちゃんと確認しなかった。

 広場で今度こそパナハッチェル行きのバスに乗り込んだ。それからぐねぐねの山道を15分ほど走ってパナハッチェルについた。彼は今日パナハッチェルの宿に荷物を置き、湖岸のサンタクルス・ラ・ラグーナに観光にいってみると言っていた。彼のきいた話じゃけっこうきれいなとこらしい。おもしろそうだと思わない?とちょっと誘うようなくちぶりだった。私も行こうかな、と思い始め、バスを降りてまた並んで歩き出した。一緒に宿探しをすればあとで待ち合わせする面倒もない。

 パナハッチェルの街はだいぶ栄えていて、さっきのひなびたソロラの町とは大違いだった。メインストリートの両側にはおみやげ物を商う店が軒を連ねているし、西洋人のツーリストがとても多く、アメリカのポップスをかけてるオープンカフェがいくつもある。彼はあっちを見たりこっちを見たりして「わあこりゃすごいや」と声をあげてた。この町の雰囲気が気に入ったみたいだ。でも話しかけてもちょっとさっきより口数が少ない。

 ホテルの看板を探しながら歩いていたら彼はだんだんそわそわしはじめた。そして、
「今日はインターネットやらなくちゃだったんだ」
とひとり言のようにつぶやいていたと思ったら、インターネットカフェの看板の前にきて、
「じゃあ僕はここで。きみもサンタクルス・ラ・ラグーナに行くんでしょ?じゃあむこうで会えるね。おしゃべりできて楽しかった。じゃあね」
と行ってしまった。あ、じゃあ私もインターネットやっていく、とは言えない雰囲気だった。あっけにとられつつ、
「あそう?じゃあね、また」
と言って見送った。さっきまでの態度とのあまりの変貌にほんとにびっくりした。

 なんか捨てられたような気になって、立ち止まって「地球の歩き方」を出し、ホテル情報に目をとおして、道をちょっと戻ったホテルにチェックインした。湿っぽい部屋だったけど、ほかの宿を探そうと思ったら、さっきのインターネットやの前を通らないといけない。彼が、私をやりすごすための方便でインターネットやに入ったとしたら、ごく短時間で出てくるところを見たくなかった。知り合いでも見かけたのならそう言ってくれてもよさそうなもんだけど、そんなふうでもなかったし。

 私が疲れてるから悪いほうに考えてるだけなんだ、彼はやりすごそうなんてつもりじゃなかったんだと自分に言い聞かせてみる。気晴らしにおもてに出ても、何もかもツーリストむけにアレンジされたものばかりでなんだか疲れる。

 その日は対岸の町に行く気がしなくて、翌日になって昼過ぎからボートのりばに出かけた。湖岸には大小10ばかりの町がある。どこでもいいから行ってみようかなという気になっていたら、まもなく出発らしいサンペドロ行きのボートがあった。料金は20ケツァル(3ドル弱)という。ちょうどバックパック背負ってきた白人の女の子たちがいて、
「ふつう15ケツァルって聞いたわよ」
と教えてくれた。でも船頭と交渉しても20からまかるようすがない。ほかの町行きでもいいから探してみようと思って歩き出すと、バックパックの女の子たちが
「ほかのボート探すの?安くなったら私たちにも教えてくれる?」
と言った。
「もちろん」
といって歩き出した。彼女たちはまとわりつく客引きをシカトしてその場に座り込んでいた。

 だけど寄ってくるのはチャーターボートばかりで対岸まで30ドルとかいうひとばかり。ある客引きは、
「次のボートは3時間後で、その次の出発は4時間後」
とウソまで言う始末。商売のためなら騙すのも平気な心構えがいまいましい。このあたりの湖岸の町は、それぞれに民族衣装ウィピルに特色があって美しいらしいけど、カメラを構えたとたんに「写真1枚5ケツァル」って寄ってくるひとがいるそうだ。ああこのへんはカネカネすぎる。

 昨日のことが尾をひいてるわけじゃないだろうけど、なんかテンションが下がってきた。1時間バスに乗っても1ドルかからないような国で、ぼられてるのわかって対岸に行ってもいいことないような気がした。むこうについても結局はカネカネできっと気がめいるだろう。ひきかえしてさっきの女の子たちに「安いボートは見つからなかった」って告げようとさっきのあたりを探したら、サンペドロ行きのボートもろとも消えていた。バックパックかついで来ていたから、またパナハッチェルのホテルに戻ったとは考えにくい。たぶん出発間際に交渉がまとまったかして行ってしまったんだろう。大きい声で呼んでくれれば届く距離だったのに・・・

 また、捨てられた気がした。
 欧米人同士でも、「教えてね」って言っておいて、黙って行っちゃうことがあるんだろうか。わからないけど、これまで旅してきて、多くの欧米人には暗黙の了解のうちに欧米人優先ルールがあるんだな、と思うようになった。ひとりでいるぐらいだったら東洋人とつるむけど、ほかに欧米人がいれば東洋人とはつるまない。
 私たちは選択肢の穴埋めなのか。
 ふるまい方がちがうから、まったく同じようには付き合えない、それは私から見ても思う。でも悲しくなるから、穴埋めだと思ってるところを露骨に見せないでほしい。
 これは私の被害妄想だろうか。

 アティトラン湖に恨みはないが、背をむけて宿に帰ったのだった。