伊藤家に別れを告げて
 
 落胆というのはこういうのを言うんだろうか。心臓をひきずるような気持ちで公衆電話に向かい、伊藤さんちに電話したらママが出た。実はこういうわけで、と説明したら玲美ちゃんの部屋を確認して、確かにコードはそこにあるとママは言った。どこにもないよりはそこにあってよかったと自分をだまし、つとめて明るく振る舞って、明日アンカラまでとりに行きますって言ったら、なんとかできるかもしれないから明日また電話ちょうだい、とママが言った。それから、ケーブルだけじゃなくてシャンプーとリンスのはいった袋もおきっぱなしだって。忘れてることも気づかないなんて、何を考えてるんだ私は。
3児の母とは思えない
カワイサのママ

 そのあといさくんがかわってというから、電話を替わってもらったら、
「おねえちゃんいまどこにいるの」
としおらしい声でジンとさせておいて、そのあと彼は、
「このまえ僕の国語の教科書みたでしょ。あのあとどこやった?」
と言った。そんなの机の上においといたってば。でも探してもみつからないんだって。
「がんばってもう一度探してごらん」
といったら、彼はがっかりして、
「わかった探してみる。バイバイ。あちょっと待ってお兄ちゃんに替わるから」
と言った。でもその瞬間私のテレホンカードがカラになった。

 このカードのとりかえかたがよくわからないんだ。前のカードは吸い込まれちゃうから新しいカードいれてチェンジカードのボタンを押すでしょ。とか電話機と格闘していたら通話が切れてしまった。新しいカードをいれて10回か20回くらいかけ直したけど話し中。これは、私が切っちゃったと思ってお兄ちゃんがいさくんを怒って、受話器を置かずに喧嘩になってるにちがいない。しかしどうにもできないので部屋に戻った。ゆうじくんたち、まだケンカしてるかな。なんとなくホームシックになってきた。

 今日という今日は本当に自分がイヤになってしまった。今夜は罰として夕飯ぬきだ。昼間バスでもらったチーズプリッツみたいなつまみ一袋だけかじって、ベッドに寝転がって考えた。今までに何回なくしものとか忘れ物したんだろう。・・・今回は伊藤さんのママがいたからなんとかしてもらえるかもしれないけど、実際これが南アフリカとかに電源ケーブル置いたままブラジルに飛んだりした日にゃ本当、シャレにならない。今度やったら、もう二度と忘れられないよう、手の甲に入れ墨で「電源ケーブル」と彫る。最後には耳なし芳一みたいになるかもしれないけど。

* * *


 翌朝、起きてママに電話しに行ったところ、いまなんとか手配してもらってるからお昼にもう一度電話ちょうだいって言われた。それで、午前中いっぱいは、ブルーモスクの裏のサンドイッチ屋でサンドイッチを買って、パンくずを雀にあげたりして時間をつぶしていた。

 出発のときぐらいスマートに決めようと思って、ヨーロッパからまた手紙書きます!なんて言って元気よく出発したのに、なにこれ。どういうことなの。どうしてこうひとに迷惑かけないと旅できないの?忘れっぽいということ以上に、自分が自分のことにきちんと責任もてないで、あいかわらずひとの親切に寄りかかって生きてるってことに腹が立って、うじうじとパンをちぎっていたらサンドイッチの大半をパンくずにしてしまった。
ママに連れていって
もらったアタチュルク廟

 昼になって、荷造りを一応した。もしママががんばってもこちらに送る手配ができなかった場合には自分でとりに行くっていう心の準備もした。そして電話ボックスに向かったら、ママははずんだ声で、
「大丈夫よ。昨日乗ったのと同じ会社の同じ時間のバスの運転手さんに渡して乗せていってもらったから、今日6時くらいにそっちに着くと思う。余裕もって5時頃には行っておいてね」
と言ってくれた。感謝と、面倒ばかりかけて申し訳ないっていうキモチでいっぱいになって、言うべきお礼の言葉もお詫びの言葉もロクに出てこなかった。

 バス会社にケーブルを取りに行くまでにまだ少し時間があったので、その前に、ふたたびインディゴ旅行社に行き、明朝のギリシャ行きバスのチケット予約をしたら、今度はちゃんと席があった。夕べきたとき今朝発のチケットがとれなくてラッキーだったかもしれない。もしとってしまっていたら予約のキャンセルとかで事態はもっと面倒になっていただろう。

 ここに来たついでなんで、昨日のバスターミナルにはどうやって行けばいいのか聞いてみることにした。昨日のバスターミナルはperpaっていう巨大なショッピングセンターの近くにあるんだけど、昨日はサービスバスとタクシーで戻ってきてしまったからバスでの行き方がわからない。ぼられそうになったからもうタクシーで行くのはまっぴらだったし、ヨーロッパに入る前でちょっと節約しなくちゃいけなかったから、市バスで行ってみようと思った。

 ここで営業をしている日本人の女のひとは、声がハスキーでグラマーで、いかにも姉御、って感じのとても頼りになるひとだ。姉御にperpaの場所知ってます?って聞いたら知らなかったけど、彼女はほかの営業のひとにわざわざ聞いてみてくれた。聞かれたほかの営業のひとは、
「perpaなら知ってるよ。でもすごく遠い。バスを使ったら往復3時間ぐらいかかるんじゃない?でも・・・もしよければ僕が車で連れてってあげるけど。3ミリオン(900円ぐらい)でどう?」
って言った。悪い条件じゃなかった。タクシーだったら少なく見積もっても2倍か4倍くらいかかるところだ。でも、せっかくの申し出だったけど、自分に罰を科さなければならなかったので、お礼を言って部屋に戻った。

 部屋で地図をたしかめ、車を断ったこと、もう後悔しはじめた。こっからトラムに乗ってバスターミナルに行って、バスを探して乗り継いで、それもたぶんperpaの裏側について、そこからはるばる高速沿いのバス会社のオフィスまで歩いて行かなくちゃいけないんだ・・・。想像しただけで靴下に穴があきそうだった。

 余裕をもって、2時頃出発した。トラムの終点のエミノニュにあるバスターミナルで右往左往して、とりあえずperpa行きのバスは54番だってことだけはつかんだけど、それがどこから出るのかわからない。チケット売場みたいなブースに行って、
「54番どれ?」
って聞いたら、通りがかりのおじさんがオイデオイデをして歩きはじめた。おじさんは私を先導して海側と反対側のバス停をやっぱり右往左往して、ついに54番のバス乗り場を見つけてくれ、私を乗り込ませると、私が出した小銭から必要な額を車掌にわたし、車掌にこの子をperpaでおろしてやってくれと頼んで去っていった。

 またひとに迷惑をかけてしまった。私をバスに乗せてやっとおじさんは自分の乗るバスに向かったようだった。おじさんを見送りながらまた自己嫌悪に陥りはじめていた。どうしてこうひとの手を借りてばかりなんだ。

 しばらくバスに揺られていたら、車掌がperpaだよといって呼んでくれた。これも車掌が教えてくれなかったら降りられなかっただろう。perpaの裏の長い坂で迷い、ほんとに靴下をすり減らしながらバス会社の待合室について、1時間半くらいしてやっとアンカラからのバスがついた。運転手に、「ミス・ノブコ宛の荷物ありませんか」と聞いたら、運転手は袋をほいとわたしてくれた。袋にはこの場所で降ろしてって書いてあるけど、運転手は忘れてたみたいで、自主的に降ろしてくれそうな気配はなかったから、もし遅れたらあぶないところだった。でもこの運転手も予定外の頼まれごとをして迷惑してるんだ。忘れたところで責められる義理じゃない。そのあとほんとは市バスに乗って戻らなくちゃいけないとこだったんだけど、こっそりバス会社のタクシム行きのサービスバスに乗り込み、タクシム広場でも知らないおじさんに案内してもらって旧市街側行きのバスに乗った。

 自分に罰を与えようとしてひとの手をわずらわせていたんじゃしょうがないじゃないか。結局自己嫌悪に始まり、自己嫌悪に終わった一日だった。自分の変わらなさかげんをまざまざと目の当たりにして、ちょっと愕然としてしまった。もう出発して7ヶ月近くも経ってるのに、わたしはまだこんなことでひとさまに迷惑かけてるのか。ヨーロッパで絶対挽回したい。私がひとから受けた数々の恩を誰かに返せるのはまだ遠い遠い先に思えた。