見捨てられた街

 スラタニは見捨てられた街だ。クラビで部屋をシェアしたカナダ人のティミーが、ロンリープラネット(英語版「地球の歩き方」みたいなもの。世界各国で定評があるらしい。)の、<東南アジア編>を持っていた。それを見せてもらったら、
「スラタニは何もない街で、見るものはないし、サムイ島への経由ポイント程度の意味しかもたない。サムイ島へはバスとうまく接続するようにフェリーが出てるから、スラタニでわざわざ泊まる必要もない」って書いてあったのだ。

 そういうところこそ、いまの私には理想的だった。有名な観光地やリゾート地はホテルが高いし、ついつい観光してしまうからゆっくりできない。これまでのところでは歩き回りすぎて足にマメができっぱなしだったし、ホームページの更新も遅れていたから、そろそろちょっと、何もないところで、安くてエアコンの効いた部屋で、おちついてパソコンに向かいたかった。
夜になると、このお寺の前は
門前市になって道幅が半分になる

 でもホテルは思ったほど安くはなかった。観光客が泊まらないから、ホテル自体が少ないみたいだった。ホテルが少ないってことは、競争が少ないってことで、だから安くはならないのだ。

 「それなり」のホテルに入っておちついたあと、この街を出るときのために、鉄道駅行きのバスを探した。スラタニの街から鉄道駅まではちょっとある。スラタニのあとは、深夜発の夜行列車でバンコクに向かうつもりだったから、鉄道駅行きのバスが何時まであるか聞きたかったのだ。バスターミナルに行くと鉄道駅行きのバスが止まっていた。運転手は英語がほとんどわからなかったので、「ホワットタイム・フィニッシュ?」と簡単な言葉だけできいたら、腕時計の上でユビをくるくるっとまわして止めた。6時20分?よしっ、6時20分が最終ね。

 それが終わったら次はインターネットだ。数日メールを見ていなかった。バスターミナルの近くにインターネットサービスが2軒あったので、1軒に立ち寄ったら、どうもマシン数台でモデムを共有してる感じだった。あまり遅いとイヤなので、もう1軒に行ってみることにする。

 もう1軒は旅行会社が片手間にやっていて、マシンが1台あるだけ。そこに56kモデムがついてたので、これなら速そうだと思い席についた。しかしそのヨミは甘かった。座るとすぐ、旅行会社のほうから、色黒で目の大きい、丸っこいおねえちゃんがきた。そして手順表を見ながらモデムをつないでくれたけど、10分間試してもひとつのサイトにもつながらない。Yahooにすら。

 そこでそのおねえちゃんに、
「すいません、つながらないけど」って言うと、
「じゃあ、あとでみとくからとりあえずお金はらって。10分だから35バーツね」という。ちょっとカチンときた。

「違うの。つながらなかったから、つなぎたいの」と反論してみる。彼女は私が言ったことがわからなかったんだかなんだか、ほかの客の相手をしながら
「35バーツよ。」って繰り返した。ムカっとして、
「なんで!?つながんなかったんだよ?何もできなかったんだよ?何かマシンに問題あるんじゃないの?」とききなおしたら
「問題なんかないわよ。ずっと使ってるんだから!払ってよ。10分使ったから35バーツ」と返してくる。

 いま1バーツは3円ちょいだから35バーツでも100円ちょっとだ。払っちゃってもいい。払っちゃってもいいぞ、と心のなかでは思った。でも彼女の態度にカチンカチーンっと来ちゃったのだ。カチンカチーンっと来たときに、今までならちゃんと言わないで済ませた。ちゃんと言った経験がなかったから、ハッキリ言うこと言うっていう選択肢がなかった。でもいまは修行の旅だから、ここで言わないといけないと思った。

「待ってよ。
じゃあ10分試してみてよ。それでどっかつながるなら払うよ。もしつながらなかったら、このマシンに問題があるってことでしょ。問題あるマシンでやらせといてお金払えっていうの?そんなの払えないよ!」

 興奮して、文法も何もあったもんじゃなかった。
彼女はむぅっとして背中むけてヨコ向いて、でも目尻のほうでこっちの様子を確かめながらなんて言おうか考えてる。それで、ちょっと間をおいてからバカにしたように言った。
「わかったわよ、払いたくないなら払わなくていいわよ。あんたここにいると邪魔になるからどっか行って」

 泥棒に向かって「恵んであげるわよ」みたいな、見下した言い方だった。彼女は日本でやるように手をシッシッと振って私を追い払った。マシンは受付の中にあったので、本当にお金を払わないでここから出てもいいものか迷った。っていうか、お金が払いたくなかったわけじゃなくて、ちゃんと調べて、私がいいがかりをつけてるんじゃないってことを確認してほしかった。そうしてくれさえすればお金払っちゃってもよかったのだ。

 けど、彼女がそれ以上相手をするつもりがないようだったから、肩に手をかけて振り向かせて、「また来るから直しといてよ」って言って受付を出た。彼女はすごい目で最後まで私をにらんでいて、顔に「何よあの女!」って書いてあった。私も負けずに、顔に「何なのこの女!」って書いて張り合った。睨み合ったまま店を出て、彼女が視界から消えて、どっと疲れが出て、あーもうこの一角には近づけないや、と思った。

 一応、どっかのサイトの画面が出ていたから、マシンのせいじゃなくて、たまたまそのときプロバイダが調子悪かっただけだったんだよね、多分。だから、はじめっからどこへも接続してなくてお金だけとってる詐欺じゃあない、とは思った。けど一カ所もつながらないなんてひどいよ。

 言うこと言ったのに、どうにもならなかったっていう後味の悪さで、その後もしばらくドキドキムカムカしていた。でも、もし言わなくても、お金を払いながらドキドキムカムカしたに違いない。

 「私はこういうことを期待しています」、とか、「あなたはこうすべきです」、とか、そういうこと、きっちり言えるひとっているじゃない?私は、見た目そういうことちゃんと言えそうなんだけど、実はほとんど言えない。言う言わないは場面場面によるとして、ハッキリ言うっていう「選択肢」がほしいと思ってた。でも言ってみても何も変わらなくて、お金は払わなくて済んだけど、一番残ってほしくない不愉快な気分だけが残った。こういうのって、慣れなのかなあ。それとも言えるか言えないかは生まれつきの問題で、私は一生ドキドキムカムカしないといけないんだろうか。

 こんなとき連れがいたら、「まあ、あれは言わないとしょうがなかったよ」とか「あの態度はないよ。調べるなり謝るなりしてほしいよねっ」とか言いあって気持ちを整理することもできるのになーとか、思ってしまった。

 そのあとはいっそうペース崩れてボロボロだった。景気つけに日本にでも電話しようと思ったら、ホテルの受付の電話からは国際電話ができず、国際電話できるテレカを買ってかけようとしたら公衆電話は使えなかった。「この電話番号は現在使用できなくなっています」っていう英語アナウンスが流れて、かけ方が悪いのか、電話会社の制御がおかしくなってるのか見当もつかなかった。

 ロンリープラネットに見捨てられた街だから、英語ができるひとはほとんどいなくって、ほかにどこにいけば国際電話のできる公衆電話があるのかもわからなかった。結局はロンリープラネットで取り上げられて、観光資源があって、欧米人がたくさん来てるひらけた街しか旅行できないんだよねーと思ったら、なんかむしょうにくやしくなった。

 とりあえずいま来てるメールだけでも読んでおこうと思って、もう一軒のインターネットカフェに行ってアクセスした。もちろん英語マシンだから、その場では読めない。フロッピーに保存して部屋で読もうと思ったけど、ホテルに戻って自分のマシンでファイルを開いたらなぜだかひらがながまる崩れで、カタカナと漢字から推理して読むしかなかった。

 またバスターミナルの近くに戻ったので、もう鉄道駅へのバスはない時間だよな、と思って念のため見てみたら、まだ鉄道駅行きが止まってた。で、もう一度、そこにいた運転手に「最終は何時なの?」と聞いてみたら「7時だ」っていう。

 こりゃあまた来て聞いてみないとわからないな、と思った。というより、正確なところは誰も知らないんじゃないか?何度か来て、完璧にバスがもう来なくなる時間をこの目で確かめなければわからないな。

 でも、ハタと考えた。運転手に聞いていくつもの答えが返ってきたってことはだよ。最終なんて決まってないんじゃないの?たとえ今日8時までバスがあろうとも、明日もそうとは限らない。この運転手も、もし明日結婚記念日だったら5時で仕事を切り上げて帰っちゃうかもよ。ここはロンリープラネットに見捨てられた、かなり手つかずのタイだから、始発バスの時刻とか、終発の時刻とか、そういう約束があるのかどうかもわからないし。

 テレカを探して行ったりきたりしていたときに何度か入ったコンビニの女の子が、顔をおぼえてお店を出るとき「バイバイ」って言ってくれるようになった。この街にも顔見知りができた。これをバネに一気に浮上!って思ったけど、でも今日はもうダメ。明日がんばる。

 
歩き回ってみると結構見るとこあるんだけど。
どうしてロンリープラネットはこの街を見捨てたのだろうか・・・。


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