立派な設備と手荒な治療
   ミャンマーにいたときに蚊に食われたのを掻き壊して約3週間。その間海に行ったり、ソンクラーン(タイ正月の水かけ祭り)でキタナイ水かかかってもほったらかし、ちょっとはれてきたのでオロナイン軟膏を塗って放置すること数日。足は見事に左右違う形になっていた。あっ、申し遅れました、私の足じゃありません。ミャンマーで会った日本人旅行者、本間ケニチ・25才の男の子の足。

 ケニチというのは本名じゃない。いや、本名だけどほんとはケンイチ。KENICHIという綴りをケンイチと読んでくれる外国人が少なく、前に宿に友達が訊ねてきてケンイチいますかってきいたら「ケンイチはいないねえ・・・ケニチならいるよ」と言われてしまったというエピソードを聞いてから、私は彼をひそかにケニチと呼んでいた。

 ケニチとは同じ頃にミャンマーからタイに戻ってきて同じあたりに泊まっているので、しばしば会う顔見知りだった。私はこのまえケニチと会ったあと、ちょっとの間、チャットで知り合った現地在住の日本人学校の先生のお宅にお邪魔していた。その間にケニチはラオスに出発すると言っていたのでもう会わないだろうと思っていた。ところが先生宅から安宿街に戻ってきたら、今日また会ってしまったのだ。

「オレ出発延期しなくちゃいけないみたい。今日病院行ってくるわ。」
 確かにケニチの足はこの前見たときよりはれているみたいだった。この前は「穴あいちゃったけどオロナイン軟膏うめこんどいたから2,3日すりゃ治るでしょ」と威勢がよかったけど今日は片足ひきずっちゃってる。

 行き先は高級住宅地「スクンビット大通り」のあたりにある病院だとケニチは言った。「地球の歩き方」にも載っており、日本語が通じるらしい。それって、私が以前読んだ本によれば、「近隣諸国で厳しい旅行をしてきた旅行者が、体力を失って骨休めに立ち寄る」という設備の整った病院ではなかろうか。ラオスのビザをとる間どうせすることもないので、後学のため私も病院までお供させてもらうことにした。


格調高い車寄せ
 ケニチとタクシーに乗り、着いたのはスクンビットの3丁目にあるバムルンラッド病院(立派なホームページがあるのでご覧ください。)

 びっくりしたのはまずその外観の豪華さ。鏡張りみたいなつるつるの柱に支えられた玄関口は、車寄せまであって、揃いの制服を着たベルボーイがタクシーのドアをあけてくれる。病院でしょ!?どうしてベルボーイがいるの!受付なんかも高級ホテルさながらで異常に格調高い。病院だけど「一泊いくらだろう」とか考えてしまう。


 車を降りると受付ロビーのヨコにはスターバックスコーヒーがあった。ロビーの上は吹き抜けで、エスカレーターで2Fに上がると正面はマクドナルド。さらにその奥に日本料理店「あやめ」があった。食べなかったけど、「あやめ」の料理は120〜250バーツ、日本円にすると400円〜900円くらい。日頃20バーツでカレーや米麺を食べている貧乏旅行者にとっては宿泊費みたいな値段だ。


病院内にマクドナルド・・・。

日本料理店「あやめ」

 迷彩Tシャツなんかで来てしまったのが大きな過ちのように思われる。ケニチもしきりと「短パンなんてはいてるのオレだけかも。あっ、ビーチサンダルはいてるのもオレだけかも」と気にしている。もちろんお客(患者)は地元のタイ人なんかほとんどいなくって、ヨーロッパ人のビジネスマンやツーリストから日本人、中華系のお金持ちとかそんなんばっかし。


インターナショナル・サービス・カウンター

病院内には医療関係の専門店も数軒

 まずインターナショナル・サービス・カウンターという謎のカウンターに行くと、保険で支払いをするための手続き用紙がさっと用意された。日本で海外旅行傷害保険の疾病治療保険に入っていると、現金不要で医療サービスが受けられるのだ。手続き用紙は全て日本語で記入ができ、おまけに日本語の通訳が勝手についてきた。通訳の女性たちも上品な揃いのスーツを着て颯爽と歩いている。病院じゃなくてどこかのオフィスみたいだ。

 実際日本の病院は、一歩踏み込んだだけで、薬くささとかリノリウムの床の冷たい感じで気が滅入ってしまうけど、随所に緑の配されたこの病院内は、明るく、薬くさくもなく、また足下も絨毯敷きで、全く居心地がよさそうだった。


トイレも大理石づくりでゴージャス

 しばらく待っているとケニチに診察の番がまわってきたので、私はケニチの家族を装ってあつかましくも診察室までついていった。先生がケニチを診察台に寝かせて傷のまわりを押してみる。かなり化膿してるみたいでぶよぶよとユビが沈む。ヨード液で傷の周りを三回ふいたあと、先生は綿棒で傷のヨコをいきおいよく押して水を出し、ピンセットで薬をとってこってりと傷にうめこんだ。ピンセットなんかでやったら傷に刺さっちゃうよと心配だったけどどうやら大丈夫だったようだ。この先生、消毒は丁寧だけど治療は結構手荒ね。塗り薬を埋めたあとにガーゼを3枚重ね、それから包帯で足をぐるぐる巻きにして看護婦が紙テープでとめた。先生は診療の前でなく後に手を洗った。

 ケニチについた通訳の女性はすごく日本語がうまかった。いったいどこで日本語を勉強したのだろう、と名札をみたら逆だった。彼女はササキマキさんという日本人だった。じゃあ、どこでタイ語を勉強したのだろう。ササキさんは先生がぼそっ、ぼそっと短く喋る言葉を丁寧に日本語に訳してくれた。いまのあいづちじゃなかったの?と思うような短い言葉があまりに長く丁寧に訳されるので、本当は先生じゃなくてササキさんが診療してるんじゃないのか?と思ったほどだ。ササキさんが「今日は抗生物質のお薬をお出ししますので、戻られたら受付の指示のとおりにおのみになって安静になさってください」とか訳してくれたときなんかも、先生はホントは「抗生物質ね」ぐらいしか言ってないと見た。


白い包帯が痛々しいケニチ
 ケニチと、どうせなら入院させてもらえれば交通費がかからないのにね、などと話す。けちくさいことを、と思うかもしれないけど、交通費もバカにならない。バスなら20円くらいだけれどタクシーだと往復700円くらいかかる。バスは路線が難しく、行き先が書いてあってもタイ語なので読めない。混んでいる路線では立ったままにもなるだろうしビーチサンダルのケニチとしては足ふまれたりするのは絶対避けたいことだ。大半のバスはノン・エアコンだから、それもけが人にはちょっとつらい。といって、タクシーだとやはり1泊分の宿泊費に匹敵する料金なので旅行者のフトコロからするとイタイのだ。

 診察室から出て待合室で待たされている間、なんか知らないけど通路の脇の目立つところに検尿おいてある、と思ったらお茶だった。ジャスミン茶と水がラップかぶせて置いてあった。なんというすばらしいサービスであろうか。

 一応領収が切られたので見せてもらうと、ケニチの医療料金はなぜか10%オフになっていて1081バーツだった。薬塗って包帯巻いて、抗生物質の飲み薬出しただけで約3500円。タイにしてはめちゃくちゃ高いにちがいない。しかしこれだけのサービス盛り込んでドアマンまでいるゴージャスな病院で医療が受けられるのであれば高くはない、かもしれない・・・。


お茶のサービス


ケニチのもらった飲み薬
 いずれにしても、旅行傷害保険に入っていたおかげでケニチはびた一文払わずに診療してもらうことができたのだから傷害保険は大事だ。もちろん私も傷害保険には入っているので旅先で病気になることがあったら、無理してでもバンコクに戻ってここに来ようなどとひそかに思った。こんな病院に泊まれる(入院できる)ならちょっとぐらい病気になってもいいかも、とかも思ったのであった。

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