サンディの宿
 初日からつまづいてしまった。
 私が到着したのは旧正月でいう大晦日。旧正月っていうのは毎年日が変わるので、甘くみているとたいへんなのだ。とにかくその日ばかりはオーチャード通りも、あいてる店はわずかばかりで、高島屋も伊勢丹もこの二日はお休みだ。

 まっ、旅は長いし予算からいってもお買い物してる場合じゃないし、とりあえず動物園にでも行って、名物のオランウータンとの朝食にトライしてみようと行ってみた。オランウータンとのお食事といえばシンガポール動物園の目玉中の目玉。オランウータンと同じテーブルについて人間は普通のビュッフェ形式でごはんを食べ、オランウータンは用意されたフルーツなどを食べるというもの。人間がオランウータン用のフルーツを食べたらオランウータンはどうするか?それもまた楽しみのひとつである。

 実は前回来たときも、この動物園でオランウータンとご飯を食べて、象に乗って、ニシキヘビを妹の首にまいて写真を撮って、と思っていたのに、私がパスポートをなくしたせいで、全部あきらめねばならなかったのだ。

 そこで今回妹には申し訳ないが私だけぬけがけして行ってみると、正月の一週間、オランウータンとのお食事はナシだという。受付のオジさんに訪ねたら「正月はオランウータンも休暇とって実家にかえってんだよねー」だそうだ。もう!ウソばっかり。

 ところでシンガポールでは特に宿代が高いので、私もふつう観光客が泊まらないような安宿に泊まっている。この宿は普通の家庭が空き部屋を貸しているような感じで、日本で言うと民宿といったところ。もちろん各部屋に電話なんかないし、シャワーやトイレは共同だし、ロビーなんかもなくて、家の台所を通って部屋にあがるのだ。
 シャワートイレ共同の宿なんて初めて泊まったので、最初はおっかなびっくりだった。清潔なのがせめてもの救いという感じ。でも雰囲気や環境はすごくよくて、地下鉄駅からすがすがしい緑地を突っ切って歩くと芝生もまぶしいその家の台所先につくのだ。


この緑地を突っ切るとサンディの宿はある

 そんなわけで私が泊まっているエアコン付きの3000円の部屋なんて、ここでは最高級VIPルームだ。中には1000円の大部屋に泊まってるひとだっているんだから。

 ここは各国から貧乏旅行者が集まっている。宿のオーナーのサンディおじさんはとっても気さくで明るい人柄で、定期的にお食事会やお出かけをしているらしい。夕べはみんなを誘ってスチームボートに出かけた。

 シンガポールに行ったことのあるひとなら知っていると思うけれど、スチームボートは鍋と鉄板焼きの組み合わさった贅沢な名物料理だ。鍋で肉や野菜を煮ながら、その外にある鉄板でやっぱり肉や魚を焼いて食べるというわけ。

 スチームボートパーティに参加したのは、私のほかにスイスで働いているトルコ人、半年の休暇中のフランス人男性3人組、イギリスからのひとり旅の学生さんに、あとひとりはたぶんアメリカ。

ジョーとフレッドとサンディおじさん オリバーとジャック

 私がプログラマをしていたと言ったら、フランス人のフレッドが私に聞きたいことがあると言いだした。
「日本っていうのは字がたくさんあるって聞いたけど、キーボードはどういうのを使ってるの?」
という。うーん実に素朴な疑問!
「キーボードは欧米と同じ形のをつかってるけど日本の文字がふってある少しキーの多いやつもあるよ。文字は50種類だから、シフトとの組み合わせでひらがなを直接入力することもあるけど、日本語の音を分解してローマ字で入力するひとも多いね」
と説明した(つもり)。

 彼があまり感心するので、私は得意になって説明を続けた。
 そういえば祖母がタイプを打っていたので私は昔よくタイプライターで遊んだことがあった。
「いまはコンピュータの時代だからそうだけど、タイプライターの時代は文字の数だけ活字があってそれを選んで打ったんだよ。こんーな小さいやつがプレートいっぱいに何百ってあって、そのプレートが何段もあったんだよ」
 すると私の説明が悪かったのか彼は目をまるくしてこう言った。
「やっぱそうか!いやあ日本語って字がたくさんあるからどんなでっかいキーボードを使ってんだろうと思ってたけど、いやすごいねえ、活字ぎっしりのプレートが何百段もあったなんて!」

 あっ、それは違う。
 しかしそのあとすぐに話題が変わってしまって私は訂正の機会を与えられないままスチームボートパーティはなごやかに終わった。
 たぶん彼の頭の中では私の知っているタイプライターとは全然ちがう、ものすごいシステムが組み立てられたことだと思う。彼の誤った知識がフランスで広められないことを私は願うばかりである。


写りが暗くてちょっと残念


※いまインドネシアにいますと書きながらシンガポールの話題でガッカリした方、インドネシアの話題はたぶん5月号のインターネットマガジンに書きますのでそちらも併せてご覧ください(^^)

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