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暗闇の生活
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100mばかしのゆるい坂道をのぼっただけで息がきれる。こんな状態で鉱山のツアーなんかに行ってだいじょぶなんだろか。
この町に来たのは浅野くんのたっての希望だった。私たちが汐見荘にいたときに、南米に1年もいるっていうほかの旅行者が「おもしろかったから絶対行ってください」って言ってたのがこの町ポトシの鉱山ツアーだった。ポトシはウユニから再び登って4200mって標高だ。
もうひとつはダイナマイトセットだ。袋をのぞくと、2分用の導火線、それからカンテラ用の燃料なんかがはいっていた。どちらも7ボリビアーノ(1ドルちょっと)だった。
さらにランクルに乗って坂道をあがり、鉱山の入り口の外にきた。このときまで一緒に来たグループがいたけれど、彼らにはスペイン語のガイドがついて別行動になったので、私たちはたった2人でのツアーとなった。フレディが着替えをしてる間に、鉱山の入り口で待っていると、これから入坑しようっていう坑夫が同じコカの葉のいっぱいはいった袋を抱くようにしてしきりとコカの葉をクチに放り込んでいる。彼らは噛んで出たコカの葉のエキスを飲み込んで、コカの覚醒作用を利用するのだそうだ。恐怖心をなくして、集中力を高めるためだよ、と浅野くんが言った。
フレディの支度がまだできないようなので浅野くんがコカの葉をつまんでかじり始めた。南米ではコカ茶なんてものもあり、現地のひとの間ではごく普通に取引されているものだ。違法ですらない。でも日本に持ち込もうとするとほんのちょっとでも書類送検だと聞いたことがある。どんな感じがするもんなんだろうか。私も興味がわいて、ひとつまみかじってみた。お茶っぱのような風味。もう少しほおばって噛んでいると舌がしびれてきた。
そういえばまだあまり浅野くんの話をしていなかった。浅野くんは私と同じ歳で、10年ほど前からときどきバックパック旅行をしているらしい。会社を辞めて本格的に旅を始めてからはすでに2年半ばかし経ったと言っていただろうか。私より2ヶ月ほど前に、南アから飛んで南米に入り、それから南部アルゼンチンなどを自転車で走ってチリに来た。南米に来る前半年ぐらいは南部アフリカを自転車で走り回っていたらしい。チャリダーになる前はマラウィで丸太をくりぬいた舟を買って自力でンカタベイからマラウィ湖の南端までを旅したという。いままで見たなかでも相当変わった部類の旅行者だ。
本人にその気はないらしいけどかなり危ない橋を渡っていて、内戦の頃のカンボジアにも行ったし、一昨年にはアフガニスタンにも行ったし、アフリカのゲリラとも知り合って銃を撃たせてもらったこともあると言っていた。彼のすごいところは、そういうところが好きで行ってるわけじゃなく、自慢したくて行ってるわけでもなく、命知らずなわけでもなく、ただなんか旅してたらふと気づくとそこにいた、という程度の認識でそういうところに行ってることだ。
![]() ダイナマイトセット
そういうひとなので、「なんで?」と思うようなことをいろいろ知っている。彼はダイナマイトセットからダイナマイトを出して、巻いてある紙をほどきはじめた。
こっから先は闇の世界だ。坑は入り口から急に下り坂になっていて、足もとはぼろぼろした土と石だった。歩きやすさなんてものは全く考えられてないんで、長靴で歩くのはいかにも危険なかんじ。頭上も狭くてヘルメットを天井で削りながら歩く。前後をフレディとチンチンにはさまれて、
坑道のなかにもコカの葉やゴミが散らばり、ところどころオシッコくさかったり、火薬のにおいがハナをついた。急な坂を下って細い坑をとおっていくとむこうからカーン、カーン、カーンって音が聞こえてきた。近づいていくと、その音は次第にガーン、ガーンになっていき、立ち止まったときにはガチーン、ガチーンと坑全体にこだまするような大きな音になっていた。
フレディの説明によると、この老人の名はアナトイト。この鉱山の坑夫のなかで最年長の60才で、ここで働くようになって25年になるそうだ。彼の仕事は単純で、岩に穴をあけ、ダイナマイトをしかけ、砕けた岩を運んで、売る。でももちろん簡単な仕事ではない。
だいたいの坑夫は1週間から2週間で10トンの鉱石を採取する。10トンたまると、それを、この町に二十ある買い取り会社に売りにいく。鉱石はその質により、10トンあたりだいたい500〜800ボリビアーノ(80〜130ドル)になるらしい。
私たちが説明を聞いているあいだも老人は無心に杭を打ち込んでいた。そしてその場を去ろうというとき、フレディは私にコカの葉の袋を出させた。フレディが声をかけると、そのときだけ老人は泥だらけの顔を少しほころばせ、こちらのカンテラの明かりの中にヘルメットを差し出した。フレディがコカの葉をつかんでそのなかに入れると老人はそれをかかえてそそくさと仕事にもどった。この山では、空気ぬきのベンチレーションがある場合は1日2回、昼12時と午後5時、ベンチレーションがない場合は夕方5時の1回だけダイナマイトを爆発させるのだという。昼の発破の時間が近づいていた。
坑のなかを這いずりまわって、アナトイトと2,3才違うだけの老坑夫や、23,4の二人組など何人かの坑夫をたずねたあと、急な登り斜面に出た。結び目のついた太いロープが下がっていて、フレディが、ひとりずつのぼれ、と言った。このゴム長でか。でも坑夫は採取した石を背負って、サンダルばきでこの斜面を上り下りしてるのだ。まずカンテラもったチンチンが、小猿のようにするするとのぼっていった。
急斜面をのぼって少しいくとやや広い坑道に出た。ここの坑道には、この山を支配する3つの守り神のひとつが祀られている。ただこの守り神というのは、神じゃなくて悪魔の姿だ。この鉱山の3つの悪魔は、それぞれアンクルセンタウロ、アンクルセサ、アンクルホルヘとよばれている。彼らはこの山の鉱石の所有者と見なされている。
説明を聞いている間に、ずしん、という音が遠くからひびいた。
別の坑道を抜けると、そこにはまた別の悪魔、アンクルセサが祀られていた。アンクルセサにも同じようにコカの葉をかけ、タバコをくわえさせたあとフレディは、セサの胸元にかかえさせていたプラスチックの半透明のボトルをとった。そしてふたをとって一口あおり、
「これは純度96%のアルコールだ。この山の坑夫たちはみなこういうピュアアルコールを飲むんだ。どうしてかわかるかね」
そして最後に私をちらと見てこう言った。
![]() まんなかがアシスタントのチンチン
坑道を出ると正午のギラリとした太陽が目を刺した。私はこれだけの上下のある坑道を歩いてきてまったく息切れしていないのに気づいた。コカの葉の効力か、はたまた珍しいものを見る興奮で一時的に力が出ただけなのか。あるいは山を守るアンクルの導きかもしれない。
聞いた話では、この山の下のほうには私営の鉱山があって、そこでは労働者への社会保険もあるし社員寮もあるし固定給も労働時間の制限もダイナマイトの供給もあるのだそうだ。でもそういう生活を保障されてるひとはこの山ではわずかだ。私たちが見学した鉱山は政府経営のもので、ここでは固定給も社会保険も労働時間の制限もなく、ただ労働者は自分で買ったダイナマイトで地を穿ち、自分で運び、自分で売り、働けるだけ働く。2週間で得る80ドルから130ドル。そのうちから政府に15%の税を払うのだそうだ。この山の坑夫たちはほとんどがそうやって暮らしている。どうしてそんな過酷な仕事に就くのか。そんなのは愚問だ。それ以外にすることがない。彼らの大半は坑夫の家に生まれ、貧しく、教育もない。そんな彼らにはほかに選ぶ仕事などないからだ。
坑は縦横無尽に走っているようにみえ、しかも天井がくずれてこないようにする木の枠組みなんかがまったくなかった。こんなところでくり返しダイナマイトをかけていて、よくひとが生き埋めになってしまわないものだ、と思いながらも、私はフレディに聞いてみるのはひかえた。生き埋めなんてあるに決まってる。でも個人の作業に頼っているこんな鉱山では、命のために坑道を補強する手間が惜しいのだ。「ダイナマイトは南北の方角に仕掛ける」という決まりひとつが、坑夫たちの命をかろうじてこの地上につなぎ止めている。
この山の名前はケチュア語でスマホルコ(スマヘ・オルコ)。スマヘはgood、オルコはmountainという意味だそうだ。悪魔の守る山、スマホルコ。この丸裸の山の地底では、今日も250人の坑夫が働いているという。
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