暗闇の生活
   100mばかしのゆるい坂道をのぼっただけで息がきれる。こんな状態で鉱山のツアーなんかに行ってだいじょぶなんだろか。

 この町に来たのは浅野くんのたっての希望だった。私たちが汐見荘にいたときに、南米に1年もいるっていうほかの旅行者が「おもしろかったから絶対行ってください」って言ってたのがこの町ポトシの鉱山ツアーだった。ポトシはウユニから再び登って4200mって標高だ。
「具合悪いようだったら無理しなくても」
と浅野くんは言ったけど、勧めるほどおもしろいツアーに私だけ行かないというのもなんか悔しい。宿の姉妹店の旅行代理店からお呼びがかかったので今日参加することにしたのだった。

 私たちはまず旅行会社のオフィスにつれていかれ、それから黄色いジャケットと黒い長靴、プラスチックのヘルメットをわたされた。古いランドクルーザーに乗り鉱山につくと、まずは有無をいわさず、売店で2袋の鉱山訪問セットを買わされた。ガイドのフレディは「入場料のようなもの」と告げた。フレディは私たちと同じぐらいの歳に見え、浅黒い肌にスペイン系のちょっと整った顔立ちの男だったけれど、目がにごってちょっとくたびれた印象だった。英語の話せるガイドといってもフレディの英語はかたことで、質問にはほとんど答えられず、鉱山訪問セットを買ったこと自体が入場料のかわりになるのか、鉱山訪問セットがなにかの役にたつのかはわからなかった。
この格好で入坑します


コカの葉セット
 鉱山訪問セットのひとつは、コカの葉セットだった。コカの葉といえばコカインの原料になるものだ。麻薬じゃんか、と思うかもしれないけど、微量のコカの葉にはコカインのような強い作用はなくて、1gのコカインをとるのに何立方メートルだかのコカの葉が必要だとか聞いたことがある。袋にはコカの葉っぱ両手で3つかみほどはいっているけど、とうていこの葉っぱ程度じゃなにも起こるまい。コカの葉セットには、葉っぱのほかに、コカの葉をつぶして練ったらしい、ほしいもみたいな黒いわらじ型のかたまりと、10本のたばこがはいっていた。フレディによれば、たばこには1パーセントのハシシが入っているということだった。

 もうひとつはダイナマイトセットだ。袋をのぞくと、2分用の導火線、それからカンテラ用の燃料なんかがはいっていた。どちらも7ボリビアーノ(1ドルちょっと)だった。

 さらにランクルに乗って坂道をあがり、鉱山の入り口の外にきた。このときまで一緒に来たグループがいたけれど、彼らにはスペイン語のガイドがついて別行動になったので、私たちはたった2人でのツアーとなった。フレディが着替えをしてる間に、鉱山の入り口で待っていると、これから入坑しようっていう坑夫が同じコカの葉のいっぱいはいった袋を抱くようにしてしきりとコカの葉をクチに放り込んでいる。彼らは噛んで出たコカの葉のエキスを飲み込んで、コカの覚醒作用を利用するのだそうだ。恐怖心をなくして、集中力を高めるためだよ、と浅野くんが言った。

 フレディの支度がまだできないようなので浅野くんがコカの葉をつまんでかじり始めた。南米ではコカ茶なんてものもあり、現地のひとの間ではごく普通に取引されているものだ。違法ですらない。でも日本に持ち込もうとするとほんのちょっとでも書類送検だと聞いたことがある。どんな感じがするもんなんだろうか。私も興味がわいて、ひとつまみかじってみた。お茶っぱのような風味。もう少しほおばって噛んでいると舌がしびれてきた。
「エキスだけ飲んで葉は捨てるんだよ」
といって浅野くんが出涸らしの葉っぱをプッと吐き出した。私もマネしてブフと吐き出した。

 そういえばまだあまり浅野くんの話をしていなかった。浅野くんは私と同じ歳で、10年ほど前からときどきバックパック旅行をしているらしい。会社を辞めて本格的に旅を始めてからはすでに2年半ばかし経ったと言っていただろうか。私より2ヶ月ほど前に、南アから飛んで南米に入り、それから南部アルゼンチンなどを自転車で走ってチリに来た。南米に来る前半年ぐらいは南部アフリカを自転車で走り回っていたらしい。チャリダーになる前はマラウィで丸太をくりぬいた舟を買って自力でンカタベイからマラウィ湖の南端までを旅したという。いままで見たなかでも相当変わった部類の旅行者だ。

 本人にその気はないらしいけどかなり危ない橋を渡っていて、内戦の頃のカンボジアにも行ったし、一昨年にはアフガニスタンにも行ったし、アフリカのゲリラとも知り合って銃を撃たせてもらったこともあると言っていた。彼のすごいところは、そういうところが好きで行ってるわけじゃなく、自慢したくて行ってるわけでもなく、命知らずなわけでもなく、ただなんか旅してたらふと気づくとそこにいた、という程度の認識でそういうところに行ってることだ。


ダイナマイトセット

 そういうひとなので、「なんで?」と思うようなことをいろいろ知っている。彼はダイナマイトセットからダイナマイトを出して、巻いてある紙をほどきはじめた。
「爆発したらどうすんの」
って私が物陰に隠れると彼は、こんなもの珍しくもない、とでもいうように、
「これはプラスチック爆弾ていってね、導火線がないと爆発しないんだ」
といって紙の包みの中身を見せてくれた。紙の下には黄緑色の棒状のものがつつまれていて、さわると粘土のように柔らかかった。ダイナマイトのセットには、2分用の導火線、それからカンテラの燃料なんかが入っていた。


坑道の入り口
 入坑前にちっこい小僧をアシスタントとして紹介された。小僧の名前はチンチン。あとできいたら11才だというけど、8つぐらいにしか見えなかった。彼はきったない格好して、裸足にサンダルをつっかけていた。チンチンに用意してもらって、カンテラをひとつずつ持った。ヘルメットを身につけて、坑の入り口に案内された。

 こっから先は闇の世界だ。坑は入り口から急に下り坂になっていて、足もとはぼろぼろした土と石だった。歩きやすさなんてものは全く考えられてないんで、長靴で歩くのはいかにも危険なかんじ。頭上も狭くてヘルメットを天井で削りながら歩く。前後をフレディとチンチンにはさまれて、
「Watch your head〜.アタマキヲツケテ〜。」
と注意されながら坑を下る。カンテラで照らされているところ以外はどのぐらいの高さ、広さがあるのか想像もできない。這いずって抜けるような狭い場所もあった。坑の中は寒くはなかったけど、手袋だけはもってきて正解だったようだ。暗闇のなか岩に手をかけ無理矢理のぼるのに素手だったら傷だらけになっていたかもしれない。

 坑道のなかにもコカの葉やゴミが散らばり、ところどころオシッコくさかったり、火薬のにおいがハナをついた。急な坂を下って細い坑をとおっていくとむこうからカーン、カーン、カーンって音が聞こえてきた。近づいていくと、その音は次第にガーン、ガーンになっていき、立ち止まったときにはガチーン、ガチーンと坑全体にこだまするような大きな音になっていた。

 目が慣れると、カンテラの明かりに照らされて、ひとりの老人が作業をしているのが見えた。低い天井ギリギリに立ち、背中が肩胛骨の下ぐらいから折れ曲がっている。右手には洋酒の瓶ほどもあるハンマーを握り、左手で長い鉄の棒を持ち、岩の間にその棒を差し込んで、右手のハンマーを振り上げては2、3秒間隔で打ち込んでいた。ダイナマイトをしかける穴を掘っているのだ。
老坑夫アナトイト

 フレディの説明によると、この老人の名はアナトイト。この鉱山の坑夫のなかで最年長の60才で、ここで働くようになって25年になるそうだ。彼の仕事は単純で、岩に穴をあけ、ダイナマイトをしかけ、砕けた岩を運んで、売る。でももちろん簡単な仕事ではない。


鉱石をひきあげる設備
 いま彼がしているように岩に穴をあけ、ダイナマイトを5〜6回しかけるとだいたい2〜3トンの鉱石がとれるらしい。それを麻袋につめこみ自分で背負って、いま私たちが通ってきた坑を歩いてのぼり、地上に積み上げる。坑道の広いところには、上からワイヤーで鉱石を引き上げる設備があることもあるが、坑のほとんどは狭く上下がはげしいので多くの坑夫は麻袋を積んだ背を丸めて何十往復もするのだ。

 だいたいの坑夫は1週間から2週間で10トンの鉱石を採取する。10トンたまると、それを、この町に二十ある買い取り会社に売りにいく。鉱石はその質により、10トンあたりだいたい500〜800ボリビアーノ(80〜130ドル)になるらしい。

 私たちが説明を聞いているあいだも老人は無心に杭を打ち込んでいた。そしてその場を去ろうというとき、フレディは私にコカの葉の袋を出させた。フレディが声をかけると、そのときだけ老人は泥だらけの顔を少しほころばせ、こちらのカンテラの明かりの中にヘルメットを差し出した。フレディがコカの葉をつかんでそのなかに入れると老人はそれをかかえてそそくさと仕事にもどった。この山では、空気ぬきのベンチレーションがある場合は1日2回、昼12時と午後5時、ベンチレーションがない場合は夕方5時の1回だけダイナマイトを爆発させるのだという。昼の発破の時間が近づいていた。

 坑のなかを這いずりまわって、アナトイトと2,3才違うだけの老坑夫や、23,4の二人組など何人かの坑夫をたずねたあと、急な登り斜面に出た。結び目のついた太いロープが下がっていて、フレディが、ひとりずつのぼれ、と言った。このゴム長でか。でも坑夫は採取した石を背負って、サンダルばきでこの斜面を上り下りしてるのだ。まずカンテラもったチンチンが、小猿のようにするするとのぼっていった。

 次は私だ。肩掛けバッグを背中にまわし、ロープを握った腕をぐいと体にひきつけるようにして、必死に足がかりを探して登った。狭く上下の激しい坑をすすむ。天井が低く、急な段差のあるところで天井に手をついて飛び降りようとするとフレディが、
「天井にふれるな」
と言った。フレディがカンテラで照らすと、頭上の岩盤に横一文字に大きく亀裂がはいっていた。こういういつ崩れてくるかわからない坑道を、彼らは毎日行ったり来たりしているのだ。

カンテラの明かり

 急斜面をのぼって少しいくとやや広い坑道に出た。ここの坑道には、この山を支配する3つの守り神のひとつが祀られている。ただこの守り神というのは、神じゃなくて悪魔の姿だ。この鉱山の3つの悪魔は、それぞれアンクルセンタウロ、アンクルセサ、アンクルホルヘとよばれている。彼らはこの山の鉱石の所有者と見なされている。


アンクル・センタウロ
 坑道の先のセンタウロにたどり着くとフレディは、コカの葉セットのハシシいりのたばこに火をつけ、センタウロの口にくわえさせた。そしてコカの葉をセンタウロのひざもとにふりかけた。坑道の中にコカの葉が散っているのは、こうやって訪問者や坑夫たちが悪魔に捧げているからなのだ。なぜ神でなく悪魔を祀るのか、と私たちに疑問を投げかけたあとフレディは、
「地上の世界は空から神が司るものだ。だけど神の栄光は地下には届かない。地下の世界は悪魔の司るものだから、彼らは悪魔を祀る」
と自ら答えた。

 説明を聞いている間に、ずしん、という音が遠くからひびいた。
「爆発だ。もうそんな時間か?」
というので時計を見ると11時40分だった。本来なら日中の爆破は12時。時間を間違えて、岩盤の下敷きになるひとが出たりしないのだろうか。

 別の坑道を抜けると、そこにはまた別の悪魔、アンクルセサが祀られていた。アンクルセサにも同じようにコカの葉をかけ、タバコをくわえさせたあとフレディは、セサの胸元にかかえさせていたプラスチックの半透明のボトルをとった。そしてふたをとって一口あおり、
「この山にはいくつか迷信があるんだ」
といった。彼の目は一瞬にしてどろりと充血してにごった。彼の息から血のにおいがした。

「これは純度96%のアルコールだ。この山の坑夫たちはみなこういうピュアアルコールを飲むんだ。どうしてかわかるかね」
と彼は訊ねた。私たちが黙っていると、彼は言った。
「コーラで割ったりするとアルコールは純度が下がる。純度が下がるということは銀や鉱石の純度が下がることに通じる。だからピュアアルコールを飲むんだ。まあ、迷信ていうか掟みたいなもんだな」

 そして彼はこう続けた。
「一旦山にはいったら、その日の仕事が終わるまで6時間なり8時間なり休まず働く・・・これもこの山の掟のひとつだ。仕事が終わるまでは食事にも出ない。集中力を欠くってことは、心の力がピュアでなくなるってことだろう?心の純度を欠くってことは鉱石の純度を損なうってことだからな。だから彼らはコカの葉を噛むんだ。鉱山の生活はコカの葉なしでは考えられない。コカの葉で集中力と体力を維持させて、ただひたすら杭を打ち込みつづけるのさ」

アンクル・セサ

 そして最後に私をちらと見てこう言った。
「この鉱山は15年前までは女人禁制だった。アンクルたちは女を嫌う。山は男だけの世界だ。女が入れば鉱石の純度が下がる。だがツーリストが増え、女でも見学を希望するもんが増えたので15年前に女人禁制は解かれた。いまはアンクルたちも女好きに変わったのさ」
そう言ってフレディは、ほらね、というようにアンクルセサの股間に視線を落とした。アンクルセサには牛乳瓶ぐらいの男根がついていて、2枚のコンドームが重ねてかぶせられていた。


まんなかがアシスタントのチンチン

 坑道を出ると正午のギラリとした太陽が目を刺した。私はこれだけの上下のある坑道を歩いてきてまったく息切れしていないのに気づいた。コカの葉の効力か、はたまた珍しいものを見る興奮で一時的に力が出ただけなのか。あるいは山を守るアンクルの導きかもしれない。
 振り返るとフレディがチンチンの肩を抱いて、
「今日のアシスタントをつとめましたチンチンにチップをお願いします」
といった。私たちはポケットの中からいくらかのお金を出して彼にあげた。チンチンは「グラシアス」といって、番小屋の中に戻っていった。おそらくはあまり豊かじゃない坑夫の家の子で、成長して彼も坑夫になるのだろう。

 聞いた話では、この山の下のほうには私営の鉱山があって、そこでは労働者への社会保険もあるし社員寮もあるし固定給も労働時間の制限もダイナマイトの供給もあるのだそうだ。でもそういう生活を保障されてるひとはこの山ではわずかだ。私たちが見学した鉱山は政府経営のもので、ここでは固定給も社会保険も労働時間の制限もなく、ただ労働者は自分で買ったダイナマイトで地を穿ち、自分で運び、自分で売り、働けるだけ働く。2週間で得る80ドルから130ドル。そのうちから政府に15%の税を払うのだそうだ。この山の坑夫たちはほとんどがそうやって暮らしている。どうしてそんな過酷な仕事に就くのか。そんなのは愚問だ。それ以外にすることがない。彼らの大半は坑夫の家に生まれ、貧しく、教育もない。そんな彼らにはほかに選ぶ仕事などないからだ。

 坑は縦横無尽に走っているようにみえ、しかも天井がくずれてこないようにする木の枠組みなんかがまったくなかった。こんなところでくり返しダイナマイトをかけていて、よくひとが生き埋めになってしまわないものだ、と思いながらも、私はフレディに聞いてみるのはひかえた。生き埋めなんてあるに決まってる。でも個人の作業に頼っているこんな鉱山では、命のために坑道を補強する手間が惜しいのだ。「ダイナマイトは南北の方角に仕掛ける」という決まりひとつが、坑夫たちの命をかろうじてこの地上につなぎ止めている。

 この山の名前はケチュア語でスマホルコ(スマヘ・オルコ)。スマヘはgood、オルコはmountainという意味だそうだ。悪魔の守る山、スマホルコ。この丸裸の山の地底では、今日も250人の坑夫が働いているという。