アマゾンの奥地に幻のピンクイルカを追え!!<2>
   ゆうべ夜中に目がさめて、目覚まし時計を手にとったらそのまま床におとした。浅野くんを起こしたかな、と思って部屋の反対側のベッドを確かめて、自分の荷物が散らかってるのを見たとき、ああ浅野くんはいないんだっけと気づいた。恋びとじゃなくても、長いあいだ一緒にいたひとがいなくなるとこういう感じになるんだなぁ。でもいつまでも通り過ぎた旅びとのことを考えてしんみりしていられない。今日から参加するツアーで私はまた新しい友だちをつくるわけだから。

 昨日はオスタル・ベニでひと眠りしたあと、ガイドブックにオススメのツアー社として紹介されていた旅行会社を何軒かあたってみた。最初のツアー会社エコ・ツアーはピンクイルカの見れるパンパツアーが1日あたり$25で、今朝行ってみたインカツアーズより1日5ドル安い。シメタ、と思ったけど受付のひとが英語を話さないもんでツアー内容がはっきりわからない。ちょっと保留にして次のツアー会社フリューバルツアーに行った。今度は少し英語が話せるおじさんで、軽快にツアーの概要を説明してくれたうえ、
「普段は1日あたり$25だけど、いまなら特別に$20にしてるよ」
という。
「その料金設定はいつまで?」
って聞いたら、
「さあね、状況によるよ。週末までかもしれないし、明日にはもう$25に戻すかもしれない」
って言うんで、
「おどかさないで」
って言ったらおじさんはおどけてエヘ、と笑った。その様子をみたらなんか親しみが沸いた。

 次のツアーに申し込んでるひとはいまのところスイス人2人とスペイン人1人らしい。ツアーは人数少ないほうが参加者同士が仲良くなれるから、それならいいかもしれない。ただそれは出発が明日だった。ほんとは、出発は明後日にしたいと思っていた。というのはタケヒロさんに「地球の歩き方」を借りてたからだ。できれば明日の夕方タケヒロさんが帰ってきたときに手渡しで返して、私だけ宿を移っちゃったことお詫びして、そいで明後日出発のツアーに参加したかった。でも、このメンバーも料金も、考えるほどまたとないチャンスのように思える。

 夕方まで考えたあげく、私はこのツアーに参加することに決めた。またTuichiホテルを訪れ、もう顔なじみになった受付のお兄ちゃんに、
「私のアミーゴ(友だち)の荷物にこの本を入れさせてね」
とたのんだら、
「荷物室には他人を入れちゃいけないことになってるから、俺があとから入れておくから」
といって受付の裏に片づけてしまった。ちゃんと渡してもらえるのか心配になって、
「今朝のアミーゴだよ。明日帰ってくるからね。ちゃんと荷物にいれてね」
と何度も念をおした。ここらへんのひとは呑気そうだから、やっぱちょっと心配だ。

 そしてフリューバルツアーに行って受付のおじさんに、
「明日行くよ」
って行ったところ、おじさんは、
「そうか!じゃあここに名前を」
といって名前のずらっと連ねられた名簿を出した。
「これ、まさか明日参加のひと・・・?」
と訊ねると、
「そうとも。君をいれて10人だ」
という。話がちがう。わざわざ人数の少ないツアーを選んだつもりだったのに。やはりオススメツアー会社とガイドブックに紹介されてるだけのことはあって人気は抜群、おまけに1泊$20なので、ちょっと下調べするツーリストはみなここに集まってしまったのだ。
「でも、いつでもそんなに人数多いわけじゃないんでしょ?」
なんとなれば明後日にまわしてもらおうかとも考えた。だけど明後日のツアーの名簿にもすでに4人ぶんの名前が並んでいて、
「いやいつもこんなもんさ。人数が多いときはグループを2つにわけてガイドも2人、ボートも2台になるから心配ないよ」
とおじさんはいう。そうか、それならと納得して私は名簿の最後に自分の名前を加えたのだった。

 でも10人か。つきあいやすいひとたちだろうか。私みたいにひとりで参加してるひといるだろうか・・・。私はともすると不安にかげりがちな心をこじあけ、
「大丈夫、仲良くなれる、うまくやれる」
と自分に暗示をかけて、外向レベルを80ポイントぐらいまでひきあげてから寝たのだった。

 朝6時、目覚ましで起きたあとシャワーを浴び、髪を洗う。キャンプサイトにはシャワーもないので2泊3日ぶん念入りに浴び、そしてフリューバルツアーに向かった。

 約束の8時に到着して、まずは入り口のへんに座ってた、ツアー参加者らしき女のひとにグッモーニンって挨拶した。スペイン語でオーラ!と挨拶せずに英語で挨拶するのは、一応英語を話します、という意思表示でもある。だけどその入り口にいた女のひとは私に一瞥くれたあと「なにこのひと、なんであたしに挨拶するわけ?」だか「なんで英語で挨拶するわけ?」っていうようなしかめつらをして私の顔を見ないで返事をかえした。これは・・・手ごわい。外向レベルは一気に3ポイントぐらいまで落ち込み、私はオフィスの奥のソファに座って石になった。

 次々にツーリストがやってきて、荷物を預けたり、パスポートを預けたりの手続きをしていく。そうするあいだに、今朝到着したばかりらしい別のツーリストが新たに参加リストに加わり、参加者は全部で12人になった。でもそのなかのほとんど誰にも私は挨拶できなかった。不幸にも、私以外だれもひとりで参加してるひとはいなくて、それぞれ2、3人のグループで来ているみたい。石のまま3日のツアーを乗り切れるだろうか。不安で胸がいっぱいになった。

 昨日申し込んだときには、グループはふたつに分けると言われたのに、実際に集まってみると12人とも同じバスにのせられた。ほかのツーリスト同士もそれほど活発に喋り始めない。それは、おかしなことだけど少しだけ救いだった。ほかの客たちがお互いに仲良くなっていくなかひとりだけ加わることができなかったら今よりもっと石になってしまうにちがいない。1番うしろのはじっこの席にのりこんで旅行会社を見ると、さっき怪訝そうに挨拶をした女性ツーリストはまだオフィスの入り口に残っていた。彼女はパンパじゃなくてジャングルツアーの参加者だったようだ。同じツアーではなかったことにちょっとだけホッとしてしまったけど、さっきのことですっかり怖じ気づいてしまったので不安はもう取り除けなかった。

 バスは9時にルレナバケの町を出て、ぎこぎこと左右に大きく揺れながら、土ぼこりを巻き上げる未舗装の道を走った。一体どこからわきおこってくるのやら、窓を閉めても車内は埃もうもうで、しまいには腕の毛に粉塵がつもり、樹氷のように真っ白になった。12時半頃やっとバスは1軒の家の前についた。ここが昼食の場で、ガイドとはこの先の川辺で落ち合うらしい。

 昼食のときも私ははじっこのほうで所在なく座っていた。目の前に、最後に申し込んだイギリス人のカップルがいるんだけどなんと話しかけていいのやらわからない。たとえば「どうして今朝申し込んでたの」とか、「どこらへんをまわってるの」とか、気兼ねなくなんでもはなしかければいいんだけど、すっかり内向的になってるので私はもうなりゆきにまかせて、だまっていられる限りだまり続けていそうだった。

 そうやってゴハンがはこばれてきて、あっちこっちで少しずつ会話が始まってる間私はその会話を眺めてるだけだったんだけど、そのうち正面のイギリス人カップルの女の子のほうが、
「あなたひとりで旅行してんの?」
って話しかけてきた。それで、南米は何ヶ月?とか、どっから入ったの?なんてことを聞かれてたときに、
「実はアフリカから来て、もう南米は4ヶ月」
って言ったらカップルの男の子のほうが、
「ああそれでニャミニャミのペンダントさげてんだね」
って言った。
「え?どうしてニャミニャミ知ってるの」
私はおもわず声を高くした。ニャミニャミって、ジンバブエの湖にいると信じられてる龍だか蛇だかの神様で、ジンバブエとかその周辺では象の骨とか石とかでつくられたペンダントがそこらじゅうで売られている。行ったひとなら大概知ってるけど、イギリスで有名なものとは思えなかった。
「実は僕もアフリカ行ったんだよ。どういうルートで行ったの?」
そんなふうにしてニャミニャミが糸口になってアフリカの話を始め、とりあえず彼らとはおしゃべりができるようになった。この調子でじわじわ攻略していったら、なんとか3日乗り切れるんじゃないかと希望がわいてきた。

 昼食が終わってまたバスに乗り、走り出して間もなく川辺に到着した。バスから降りるとボート乗り場から2人のガイドが走ってきて、ツーリストひとりひとりに挨拶をしはじめた。彼らはカルーソーとドリオといって、カルーソーは英語のできるガイド、ドリオはスペイン語専門のガイドだった。ボートの仕度ができるのを30分ほど待ち、全員が1台のボートにのせられた。2つのグループに分かれて少人数で行動、という期待はここで完全にくずされたわけだけど、少しだけ希望がわいてきてたので、まいっか、という気になってきた。


カヌーにモーターがついたシンプルなボート

 ボートは細長いカヌー型で最後尾にモーターがついている。日本の公園のボートみたいに腰掛ける台が横にとりつけられてるので、2人ずつ並んで順番に腰をおろした。12人のツーリストと荷物、それに2人のガイド、2人の料理人が乗ると舟の上はもういっぱいになった。カップルで参加してるひとたちはカップルで並び、3人参加のスイス人の女の子のグループのひとりが私のとなりに来た。彼女はビビアンといった。彼女は23歳ぐらいで、コチャバンバで看護婦の研修みたいのをやってて、バケーションに来てる友だちを誘ってこのツアーに参加したらしい。

 ボートは、とめてあるあいだ舳先を岸に乗り上げるようにしてあった。モーターの力だけでは水中に戻ることができないので、水中に戻すときにはボート全体を揺らして舟底に水をいれ、すべりをよくして戻すらしい。ガイドのカルーソーが音頭をとって、
「舟を左右に揺らして。せえの、1、2、1、2」
とみんなに指示したけど、人数が多すぎるのかタイミングがあわなくて、舟はさっぱり揺れなかった。もうひとりのガイド・ドリオが舳先から川岸におり、顔を真っ赤にして舟を水中に押し出した。

 川の幅は10mぐらいだろうか、いまは乾季のおわりから雨季のはじめにさしかかったばかりなので川幅は狭く、川は浅い。川面につきだした水草や、川の中に倒れこんだ巨木を避けるように、舟はジグザグに進んだ。舟がすすみはじめて間もなく水中から突き出た倒木の枝に20cmから最大40cmぐらいの亀が甲羅干しをしてるのが見られるようになった。だけどここじゃ亀なんか見もののうちに入らないらしくてガイドのカルーソーが、
「あと20分もすると動物が見れるようになるからもうちょっとの辛抱だよ」
と断った。

ボートは川をのぼる

 舟の上は風があるものの、日差し直撃でとても暑い。それにずっと板の上に座ってるんでお尻がとても疲れてきた。隣のビビアンはあけっぴろげで豪快な人柄らしくて、私たちの席のうしろに積んである荷物をみて、
「寝っころがっちゃおうか!」
と私を誘ってひとのバックパックの上に仰向けになった。リクライニングした背もたれにふんぞりかえっていると、最後尾の席も悪くない気がしてくる。ちょっといい気分になってきた。


川岸はワニだらけ

 20分ばかり舟を走らせたらほんとに「見もの」と呼べる動物たちが現れた。まず最初がワニだった。川岸の灌木の陰に体を横たえて、舟が通るモーターの音の方向を小さい目でじっと追っている。1匹や2匹じゃなかった。水辺にいたやつはあわててどぼんと川にびこみ、泥色ににごった水から目だけ出してこちらの様子をうかがっていたりする。アフリカのサファリに行ったとき私は大概の動物は見られたけど、サイとワニだけは見れなかったので、念願のワニが見れてとても興奮した。しかもワニはハンパない数いた。1mから、ともすると2m半ぐらいありそうなやつがあっちにもこっちにも。両側からこちらを見送っているのだ。


カピバラは草食。バナナの皮も食べるらしい

 鬱蒼とした灌木の茂みを過ぎ、草ぼうぼう生えた日の当たる川岸に出るとこんどは何か巨大な茶色い動物が寝そべっていた。カピバラだ。世界最大の齧歯類っていわれてるその姿かたちはまさにネズミなんだけど、体の大きさは太った犬ぐらいある。あどけない小さい目をして、鼻先をこっちにむけている。

 両岸の木の枝にはしばしば、白とか、黒地に赤い模様を散らしたような鳥がとまっていた。鳥の大きさはだいたい鶏ぐらいなんだけど、用心深い鳥たちは舟が近づくとほとんどが羽根をひろげて舞い上がった。羽根を広げるとどの鳥も翼の先から先まででゆうに1mはあって、水に巨大な影を落として私たちの頭上を飛び去った。

 それはともかくとして、私の席にはもうひとつ、見たくなくても目がいってしまうものがあった。前の席に座ってるフランス人のトマスとスペイン人のマリアっていうカップルだ。このふたり新婚なのか何ななのかものすごいアツアツで、四六時中ゴロニャンゴロニャンとじゃれあっている。私とビビアンは時々マリアたちのアツアツぶりに目を奪われて川岸の鳥を見逃した。

 1時間ほどして、ちょっと幅のひろい淵にはいると、カルーソーが舟を停め、その淵を指さして突如として言った。
「じゃあ、ここで1時間ほど泳ぐから水着もってるひとは着替えて」
 えっ。
 泥色の水がよどんで落ち葉とかいっぱい浮いてる淵だ。この水で。この泥水で泳いじゃうの。いや、まさかとは思っていたけど、できることならもうちょっと清らかな、もうちょっと透明な水があるところに出るんであってほしかった。見たところピンクイルカもいないみたいだし。でも冗談じゃなさそうだ。その証拠に、ここには別の4人ぐらいのグループがいてすでに水着に着替え始めていた。
「このへんはワニとかピラニアはいないの」
と誰かが訊いた。
「大丈夫、ピンクイルカがいるあたりはワニやピラニアはいないんだ」
とカルーソーが答えた。ピンクイルカがいるあたりは、ったって、ピンクイルカなんかいないじゃない、と思った瞬間、ボートから一番離れた淵のむこう端で何か水を跳ね上げるものがあった。
 ぬらり。ぷしっ、ちゃぽん。
 なんか奇妙なものが視界の隅を横切る。皮をむいた魚みたいな、よっぱらった巨大ウナギみたいな。水面に一瞬だけ現れ出た体の一部はうすい桃色で、表面に三角の突起がついている。


ピンクのイルカ

 イルカだ!興奮が走った。一斉に全員の目がイルカのあたりに集中する。イルカは人間のいる側からできるだけ離れたあたりで、ぬらり、ぷしっ、ちゃぽん、ぬらり、ぷしっ、ちゃぽんと水面に出てきては息継ぎを繰り返している。ひとがいるので警戒してるのか、近くには寄ってこないけど、たしかに居た。確かにピンクのイルカだ。この泥色の水の中でキミたちは暮らしているのか。

 最初は躊躇していた私たちだったけど、車で相当埃をつもらせたあげくボートの上で日差しにさらされ、汗だくになっていた。テントサイトにこれよりキレイな水があるわけでもないから、ここで汗を流せなかったら3日間泥ヨゴレを幾重にもまといつづけることになる。女の子がひとり、またひとりと木陰にはいっていき、私も水着を持って木々の背後にかくれた。そして岸辺にしずしずと歩み寄る。砂浜みたいなつもりで水際まで歩み寄ったらいきなり泥に足をとられた。一気に20cmぐらい足先が泥の中にもぐりこんだ。泥や砂や腐りかけた枯れ葉のぬめっとした感触が足の指の間をとおりぬけていく。ぎえーっ気持ちわるい。

 パンパ育ちのガイドや料理人たちは舟の上からドボン、ドボンと水に飛び込みはじめていた。ツーリストもおそるおそる川岸に近づき、ガイドたちにならって泳ぎ始めた。この泥水で!私もそろりと水中にうかんでみた。手を10cm沈めるともう見えなくなるけど、あきらめがついてしまえばたいしたことじゃない。たいしたことじゃないんだ、と自分に言い聞かせる。水はぬるかった。流れがほとんどないので泳ぐのは易しい。淵の向こう岸はほんの20mばかり先なので、顔をひたさないように向こう岸まで泳いでみた。こんな水で泳げるなら、いままで見たどの川でも・・・メコン川でもガンジス川でもナイル川でも泳げたろうなあ、と思った。

 反対岸にたどりついて、戻ってきたら岸辺にひとりだけ泳いでない女のひとがいた。
「泳がないの?」
って話しかけたら、
「だって・・・こんな水信用できないわ」
と彼女は泳いでるひとたちに疑わしそうな目をむけた。彼女はフランス人の彼氏と来ている、ポーランド人の女のひとだ。
「私もこんなにごった水で人生のうち一度だって泳ぐとは思ってなかったよ」
って言ったら、彼女は憤慨したように、
「こんな水しかなくて、しかも3日間もお風呂入れないなんて。信じられないわ。ほんと信じられない」
ってつぶやいた。

 さてそろそろあがろうか考えていたらなにかもものあたりをちくちくと刺す感触がある。手で払っても、別のところを刺している。ちょうどまわりで泳いでいた女の子たちも気づいて悲鳴をあげはじめた。不安になって刺されたあたりを水面に出してみた。でも、よく見ても刺されたあとも残っていないし赤くなってるわけでもない。肌に触れる動きが、虫っていうよりはつるんつるんして魚みたいだ。もしかすると小さいピラニアが、かじろうとしてるんじゃないだろうか。
「ピラニアいるんじゃないの!?」
と誰かが聞くと、ガイドのカルーソーは、
「いないいない。サルディナ(いわし)がキスしただけだよ。ピラニアに噛まれたらもっとでっかい傷になる」
と答えた。でも川にいわしがいるっていうことからして非常識じゃないか。たぶんピラニアの子供がこのあたりにはいるんだろう。それでみんな泳ぎはほどほどにして陸にあがった。

 舟が川をのぼり始めると、遠くの木立でレッドモンキーやブラックモンキーの群が騒いでいるのが見える。1時間弱ぐらいしてボートはテントサイトについた。テントサイトは、またちょっと広くなった淵のほとりにあって、私たちが岸におりると淵の反対岸のへんで、またピンク色のぬらりひょんがぷしっちゃぽん、ぷしっちゃぽんを始めた。ピンクイルカのいる岸辺に寝泊まりできるんだ。みんなの顔が自然ほころんだ。

 このテントサイトは、掘っ建て小屋に形ばかりモスキートよけの網の壁がはってあって、内側にはベッドの木枠が11個。やはり12人という大人数はそうあることじゃないらしい。誰かが、
「ベッドたりないよ〜」
と訴えると、カルーソーは、
「ああそうか、1,2,3,4・・・」
と数え、
「ちょっと待っていま持ってくるから」
といって、ベッドを確保したひとたちに蚊帳とシーツを配っていった。しばらくして、結局ベッドの木枠を入れる場所がないのでフランス人のジュリアンとポーランド人の彼女がガイド用のテントに案内されていった。カルーソーたちがそれで落ち着いちゃったようなので、また誰かが、
「マットレスたりないよ〜」
と声をかけると、彼らはやってきて、
「ああそうか、1,2,3,4・・・」
と数えて出ていき、マットレスを持ってきてまたお茶の準備をはじめた。
「シーツと蚊帳〜」
と声をかけると、
「あれそうだっけ、1,2,3,4・・・」
と数えて持ってくる。みんなだんだん(^^;こういう顔になりながら、最初のひとから1時間ばかり遅れてベッドの仕度をすませた。


こんどは壁のないトイレ
 テントサイトのはずれには一応トイレがあるんだけど、それは掘っ建て小屋の小径の奥にL字型に、ブルーシートを張ったついたてがあるだけのものだった。使用中に誰か次のひとが来たらばっちり見られてしまうような開けっぴろげなトイレだ。L字型のついたてに囲まれて穴があり、その上に木の箱がかぶせてあって、その上に便座がついていた。トイレ自体は一応洋式の立派なトイレだった。

 みんなベッドの準備ができると、あるひとはまた泳ぎに行ったり、あるひとは本を持って川辺に出たり思い思いのことを始めたようだ。何人かが水着になって川辺にいくのを見て、さっき泳がなかったポーランド人の彼女がついに決意をかためたようだ。水着に着替えてカルーソーのとこにやってきて、ここにワニやピラニアがいないかどうか確かめたあと、
「石鹸つかっていいのよね?」
と断っていった。カルーソーが、
「いいよ」
といったので彼女は出ていったけど、その後ろ姿を非難するようにスイス人のビビアンが、
「だめだよそんなの」
といってカルーソーをふりかえった。彼女がクチをとがらせて、
「だってここにはイルカがいるじゃないの」
というと、カルーソーは、
「だって川は流れているんだし、そんな大量じゃないから平気さ」
といった。ビビアンは納得いかなそうにスイス人の女の子たちとドイツ語でまだ何ごとか話し合っていた。

 ビビアンの抗議はもっともだけど、でもそれは実はとっても非常識な反発だったとも言える。本来このあたりはたまに牧場があるぐらいで人間といえば何キロかに1家族カウボーイの1家が住んでるぐらいだった。川はゴミもなく、周りのパンパもジャングルも生き物の楽園だったはずだ。だけどここのピンクイルカに注目する人が現れ、ツーリストが来るようになったおかげで川辺にはビニール袋やちり紙やペットボトルやこわれたビーチサンダルが散乱するようになった。頻繁にツアーが組まれるようになってからは、木々が伐採されてテントサイトがつくられた。

 キャンプサイトで料理につかうたきぎはそのへんの木を使ってるし、食器を洗うのに使う石鹸の量なんてポーランド人の彼女の比じゃない。使った石鹸水はもちろん持ち帰ったりしないから、結局は川や森に垂れ流しだ。パンパやジャングルのツアーは自然を体験するという名目でよく「エコツアー」なんて銘がうたれている。でも1泊20ドルのツアーで食事からバスから舟まで全て用意したら、旅行会社のほうにはこまごましたことまで気を使ってる余裕はない。旅行者がよっぽど自覚を持って、「自分で全て持っていって全て持ち帰る」という意識がないかぎりエコツアーなんてものは成り立たない。自然を守りたいけれど、安くてお手軽なツアーの魅力には逆らえない・・・くやしいけどビビアンのささやかな反抗は、結局わたしたちツーリストのエゴを露呈させただけだったのかもしれない。

 日が暮れて、ちらばったみんなが呼び集められた。夕食はトマトスパゲティ。キャンプサイトにフォークはなくスプーンが配られた。スプーンでどうやってスパゲティを・・・と見ていたら、みんな麺をびしばし切ってすくって食べはじめた。夕食のときは、昼食のときよりももうちょっとにぎやかになって、このツアーの参加者がだいたい把握できるようになった。このツアーは3組のカップル、スイス人の3人の女の子たちと、スウェーデン人の2人の女の子と、私で成り立っている。スウェーデン人の女の子の1人はアイーダといって、ビビアンと同じ病院で研修を受けているんだそうだ。同じツアーに参加したのはまったくの偶然で、今朝会ったときにびっくりしたのよって言っていた。アイーダと一緒に参加した女の子カレンは大学生で、夏休みにアイーダを訊ねてこっちに遊びにきたんだそうだ。この女の子たちはみんな22とか23ぐらいの学生だった。3組のカップルっていうのは、昼間喋ったイギリス人のエドワードとシェリー、アツアツのマリアとトマス、それから泳がなかったポーランド人の女の子とフランス人ジュリアンだ。エドワードとシェリーも学生で、あとの2カップルだけが社会人だった。

 夕食後何人かは川辺に探検にいき、テーブルに残ってた数人でそのあとちょっと盛り上がった。昼間ニャミニャミの話をしたエドワードがいたんで、私が、
「アフリカはどういうルートでまわったの?」
と聞くと、彼は、
「僕はケープタウンに飛んで、そっからケニアまで北上したんだ」
と答えた。私と逆方向だ。彼の旅行の話を聞いたら、同じルートを通っているだけに、しばしば私が訪れた地名が出てきて懐かしかった。彼はマラウィ北部のバスなんかでは、私にも増してひどい目にあっていて、私が8時間かかったルート(できごと日記「ムズズへの遠い道のり」参照)では、バスが故障につぐ故障でなんと200キロちょいに20時間以上かかったそうだ。

 彼が言うには、イギリスの大学っていうのは6月なかから10月なかまで夏休みなんだそうだ。そこで彼は毎年2ヶ月働いて2ヶ月旅してるらしい。
「イギリスで2ヶ月も働けば2ヶ月の旅行なんて楽勝だよ。アフリカだとかここらへんの国の物価なんてタダみたいなもんだからさ、助かるよ」
って、彼が言ったのが気になった。彼の目の前にはガイドのカルーソーがいた。エドワードはそういうのほんとに何とも思わないのか、それとも若いから、自分が世間一般の価値観で動いてないとこを見せたいのか、うっかりやなだけなのかわからなかった。

 彼は一昨年アフリカを旅してみて結構快適に安全に旅できることがわかったもんで、その翌年には西アフリカをガボンからセネガルまで旅したらしい。西アフリカの国々は多くがもとフランス領で、フランス語が話せないひとには結構ツライ環境だって聞いてたので、
「フランス語はなせるの?」
って聞いたら、
「話せる。だから西アフリカはラクだったよ。でもこっちときたらブラジル行ったらポルトガル語だし、そのほかはほとんどスペイン語だろ。英語が通じないってこんなに大変なことないと思ったよ。うちらもっとあちこち占領しとくべきだったと思うよ」
と彼は言った。カルーソーの様子をうかがって何人かが顔を見合わせた。こういう発言って「占領された側」のひとが聞いたら愉快な気持ちはしないんじゃないだろうか。もちろんカルーソーは英語もスペイン語も話せるからいまガイドとして身をたててるわけで、農業に従事してるひととかカウボーイよりはよっぽどリッチだ。だから彼はツーリストが来ることを悪く思ってはいないだろうけど、スペイン占領時代には自分たちの祖先が築いた文化を破壊され、蓄えた富を持ち去られたという歴史があるわけで、「占領者側」のひとがいまもこういう考え方でいることを知ったら、彼らとしては複雑な思いがするんじゃないだろうか。

 だけどね。ホントいうと私がこういうことを心配するのも、日本自身がやってきた占領や搾取の歴史を反省して言うわけじゃなく、彼なんかのこういう発言がローカルのひとの感情を刺激して犯罪が増えたりするのがコワイからという面が大きい。結局自分の身がかわいいだけだったら、私にエドワードを非難する権利はないのかもしれない、とも思った。

 エドワードが喋ってるあいだ、彼の隣では彼女のシェリーがエドワードのヒジのへんをいじくりながら耳を傾けていた。シェリーはこの旅のはじめには女友達と2人であちこち旅をしていたんだけど、友だちが彼女より先に帰国してひとり旅になり、その矢先エドワードと出逢って恋に落ちたらしい。シェリーはまだ時間があるんだけど、エドワードの大学のほうがはやく始まるので一緒に帰ることにしたんだそうだ。ただ、彼女は帰国前にピンクイルカだけはどうしても見たかったんで、日数がないのに無理にルレナバケに来て、到着してすぐの今朝このツアーに申し込んだんだそうだ。

 彼の話がひととおり終わったあと、エドワードが私に、どのぐらい旅してるの、とか、どうして旅に出たの、とか訊ねた。ひととおり経緯を話すと、こんどはシェリーから、
「この旅で学んだ一番大きなことはなに?」
と訊かれた。私が困っていると、
「自分自身について?それともほかのことについて?」
と聞き直されたけど、私は的確な答えが見いだせなかった。

 それからちょっとして、外から誰かが「ワニがいる」って呼びにきてカルーソーは出ていった。出ていきがけ、
「このへんはワニはいないけど、俺らが1匹だけここのマスコットとして飼ってるペドロっていうのがいるんだ」
といってからおもむろに私に向かって、
「アリガト」
と言っていった。アリガトってスペイン語ではワニのことだけど、あきらかに「ありがとう」を知ってて言ってった感じだった。私がまわりのひとに、
「いまのわかった?」
って訊いたらみんな、
「え?なに?」
ってあっけにとられてるので、
「日本語でサンキューをアリガトって言うんだよ」
って言ったら、
「へぇー!そうなんだ〜」
とみんな感心して、それからこのグループのなかではサンキューを「アリガト」って言うのが流行りはじめた。

 それにしてもさすがアマゾンの蚊は強力だ。私は腕にも首にも日本製のサラテクトっていう虫除けを塗ってて、それはとってもよく効くんで腕・首・顔はひとクチも吸われてないけど、食堂で喋ってる最中になんだか背中がムズがゆくなったからTシャツの下に手をまわしたら、背中が何カ所か腫れていた。決して地の薄いTシャツじゃないのにこの上から刺すか。もう遅いかもしれないけどこのあたりはまさしくマラリア汚染地区のはずなので、あわててTシャツの下にまで虫除けをかけた。

 ところでおしゃべりしてる最中にわかったことなんだけど、今日このツアーに参加してるひとたちは全員ルレナバケまで飛行機で来たらしい。私がバスで来たというと全員が息をとめてハッタとこっちを見た。
「あの道ね、2週間に1台車が落ちるって有名なのよ。知らなかった?」
スペイン人のマリアが言った。2週間に1台!いやたしかにそうであってもおかしくないような道だった。道理で道がところどころ欠けたり花が添えてあったりしたわけだ。あの交通量の少ない山道で2週間に1度といったら、パーセンテージでいってもものすごく高い数値になるんじゃないか?この話を聞いて私は即座に、ラパスまでの帰りは飛行機にすることを決意した。

 話してるあいだに夜は更けていった。水辺に散歩にいっていたひとたちがひとり、またひとりと戻ってベッドに入りはじめたようだ。私はスイス人のビビアンと並んで歯を磨いて、それから自分の蚊帳にもぐりこんだ。

 ベッドにはいってから、しばらくシェリーの質問が頭に残っていた。私が学んだ一番大きいことって何なんだろう。このあいだ会社時代の先輩からのメールに、
「こんなに長いこと旅をしたら、よほど人生観が変わっただろうね」
と書かれていたけど、意外とそうも思えない。あんなにたくさんのひとに会ったけど、ひとみしりのひとつもなおらないし。このひとみしりは私がこの旅で克服したい最大のものだったんだけど。

 でも、ひとにはそれぞれの生まれ持った色があるのだから、自分のひとみしりの部分も憎まずに受け入れていくべきなのかもしれない。ふと、そんな考えがわいた。大勢のなかに入ったとき、対処できずに浮いたり沈んだりを繰り返して30年も過ぎてしまったけど、無理にがんばらないで、そろそろそういうのが私なんだって認めてもいいんじゃないだろか。私が私という人間を無理にねじまげるんでなく肯定できるようになるとしたら、それはそれで大きな収穫になるにちがいない。

 とにもかくにも、今日一日でなんとかみんなととけ込むことができたし、やっぱ来てよかった。掘っ建て小屋の頭上高くにはホタルが舞い始めていた。土台が傾いてて決して寝心地のいいベッドではなかったけど、昼間の疲れもあって私はほどなく眠りに落ちた。

* * *

 翌朝目がさめたのは6時半ころだったろうか。起きるなりシェリーが、
「ねえ誰かトイレの場所知ってる?」
って尋ねたので、みんなの目が集まった。彼女いったいゆうべはどこでトイレしてたんだろう。誰かがちょっと笑いながら、
「この裏の通路の先にあるわよ」
と説明した。シェリーは雰囲気を察知したらしく、照れかくしみたいに咳をしてから、
「ねえこの煙なんとかならないの?」
とカルーソーに声をかけた。たしかにどこからかケムリのにおいがしている。
「対岸の草地が火事なんだ」
とカルーソーが答えた。そういえばゆうべ寝るまえに、どこか遠くからカラアゲ揚げるような音がしていたと思ったのは、対岸の草地が燃えてた音だったんだ。
「ここらへんのカウボーイたちは無頓着だから、森んなかで平気でタバコをすてたりするだろ。いまの時期は森も渇いてるから簡単に火事になるんだ」
とカルーソーはいった。シェリーは顔をしかめて、
「すぐに消えるもんなの」
と訊いたけど、カルーソーは肩をすくめただけだった。

 川の泥水で顔を洗い、朝食後私たちはボートでパンパにむかった。アナコンダをみつけるためだ。

 ボートの上で、アナコンダを見にいくにあたっての注意が念入りに行われた。アナコンダに毒はないけど噛まれると大変なことになる。カルーソーは、
「俺は一度アナコンダに噛まれたことがある」
といってみんなに手の甲の傷跡を見せた。親指の付け根と人差し指に皮膚がえぐれたような大きな傷跡があった。歯と歯の間隔からいってそのアタマは相当大きかったに違いない。カルーソーが言うには、全長3mか4mぐらいあったそうだ。毒はなくても、彼らのクチのなかはばい菌だらけだ。俺の手はこんなにはれあがったよ、と彼は傷の上にげんこつを載せてみせた。

 アナコンダがどうやって狩りをするかという説明も聞いた。彼らは1ヶ月に1回しか狩りをしない。でもおなかがすいたらそっと獲物の動物にしのびより、まず相手にかみつくのだそうだ。そしてすばやく巻き付いて締め上げ、呼吸ができないようにしてしっぽをハナにつっこみ、しっぽの先が肋骨の内側まで達したら心臓をやぶり出血させ、獲物を死に至らしめる。そのあと骨が砕けるまでしぼりあげ、全身がやわらかくなったところで、自分の顎の骨をはずしてのみこむのだ。5m級のアナコンダならカピバラぐらい食べてしまう、と言ったのはホントにホントなんだろうか。細いときにはアナコンダはにょろにょろと文字通り蛇行して進むけど、獲物をのみこんだあとはまっすぐゆっくり動くのだそうだ。食後は安全なところに横たわり、1ヶ月かけてゆっくり消化する。1ヶ月のあいだおなかのなかで腐らせ、熟成させて消化するんで蛇のウンコは超くっさいのだそうだ。

 ボートをパンパの付近の岸につけ、陸にあがってちょっと行くと泥がかたまった湿地にたどり着いた。いまは乾季の終わりなのでパンパは渇いて歩けるけど、雨季になると湿地がぬかるんで歩くことはできないらしい。1mほどの高さの草をかきわけ、しばらく歩いているうちカルーソーがアナコンダをみつけた。全員が息をのむ。捕獲隊長に抜擢されたビビアンが、1m半ぐらいある棒をわたされた。先がY字になった蛇捕獲用の特別の棒だ。カルーソーが用心深く蛇のしっぽから腹をたぐりよせていく。頭が見えた瞬間、ビビアンはY字の棒を使って頭を地面におさえつけた。蛇が身動きとれなったところで、ドリオが用心深く頭をつかんだ。歓声があがった。
アナコンダのマフラーを巻いたジュリアン


巨大なカタツムリの殻。
実物を見たら気絶するかも。
 つかまえたアナコンダは2mほどの小ぶりのやつで、希望者はクビにまいて記念撮影をした。そして蛇を草むらに放したあとなおも歩き回り、パンパの生き物を探した。カニの穴とかアリクイの足跡とか、フクロウやイーグルのハネ、カニの手足、10cmもあるカタツムリの殻など、形跡はいくらでもみつかるけど生きてるやつや実体がなかなか見れない。毒のないコブラもみれるはずだったけど、それは結局みつからなかった。午前中の探検の収穫はアナコンダ1匹で終わった。

 みんなかなり汗をかいたから、キャンプサイトに戻ってひと泳ぎという予定だったけど、帰ってみるとケムリもうもうでそれどころじゃなかった。一応ひと泳ぎしたものの、水面には灰がいっぱい浮いてるし、煙くて目があけていられない。幸いカルーソーの旅行会社は別のとこにまだキャンプサイトを持ってたので、昼食後30分ほど移動して別のキャンプに移ることになった。昨日のキャンプはまがりなりにも掘っ建て小屋があって一応ネットの壁とドアがあったけど、こっちのキャンプは柱とブルーシートの屋根があるのみで壁もドアもない。それでも煙がなくなってだいぶ助かった。この煙のなかもう一晩寝起きしなくちゃいけなかったらツアーの後半は結構悲惨なものになっただろう。

 さて移動してみると、今度も何人ぶんかのベッドが足りない。でも、どうもボリビア人はまずどうでもいいことを最初にやる主義みたいだ。カルーソーもドリオも、しばらくはベッドにありついたひとのシーツ敷きや蚊帳つりの手伝いをしていたけど、誰かが、
「ベッド足りないよ〜」
と訴えると、
「あれ、そうか。1,2,3,4・・・・」
と数え始め、たりなかったベッドを運びこんでマットレスをのせた。またベッドの準備を始めてから全員が落ち着くまでに1時間を要していた。

 こんどのキャンプ地は前回のところよりちょっと古いのか、小径の奥にはトイレの跡が2箇所あった。古いトイレがあったところは円く穴があいていて、それが埋められるわけでもなく放置されている。現在のトイレは前のトイレを通り過ぎて小径をさらに進んだとこにあって、こちらもかなり使われているらしい。やめときゃいいのに覗きこんだら、便壺の中がうごめきあわだっていた。ハエだ。ハエのお子さんたちが大繁殖してうごめいている。覗いたことを後悔しながら用を足した。ここのトイレはドアどころかついたてもないし、なんとなく両側の草とか木が迫っていてこわいところにある。便器のなか覗いちゃったせいもあるけど、夜中に目が覚めてここまで来るなんて、たとえ漏らすことになってもしたくないと思った。

 夕方からはピラニア釣りに行くことになった。晩ご飯のピラニアを釣りに行くのだ。みんなを集め、
「釣れないと今日食べるものはないんだ・・・」
と困った顔して昨日カルーソーが説明した。ちなみにこのピラニアのエサは牛肉だ。ピラニア釣らなくても牛肉があるんじゃないか!というつっこみはナシにして、私たちはピラニアのいる川辺に出発した。同じ川なのに、ある場所にはピラニアがいて、ある場所にはワニがいて、またある場所にはピンクイルカがいるなんて不思議なもんだ。

 現地についてまず釣りかたの講習が始まった。ピラニアを釣る道具は手のひらほどの大きさのベニヤ板の糸巻きに、ナイロン糸が巻いてあって、その先に針金で釣り針がとりつけられてるだけの簡単なもんだった。この先に1cm角かそれよりちょっと小さいぐらいの牛肉をしっかり刺し、カウボーイがナワを投げる要領で投げる。幸運のためにツバを少しかけてからなげるのがパンパの男たちに伝わる秘術なんだそうだ。あとはじっと待って、糸がひいたらスピードあげてひっぱる。カルーソーが見本を見せたけど、エサがちぎりとられただけだった。我こそはつり上げてみせんとみんながいっせいに釣り針を投げはじめた。
釣り餌の肉を下ごしらえ

 一番最初にかかったのはスウェーデン人のアイーダだった。つかまえたピラニアは全長が12,3センチあっただろうか。カルーソーはそれを受け取り、釣り針がついたまま地べたにたたきつけて息の根とめ、それから針をはずした。
「息のあるうちに針をはずそうとすると指をくいちぎられる可能性があるからね」
といってカルーソーがピラニアのクチをあけた。その昔水曜スペシャルで川口浩が噛みつかれてたピラニアもこんな歯をしてたと思った。ギザギザの鋭利な歯が並んでいる。


シェリーが釣りあげたピラニア
 アイーダとカルーソーはそれぞれ2匹か3匹釣っていたと思う。でもそれよりも一番釣ったのはスイス人のジェインだった。魚釣りとか4ツ葉のクローバー探しとかっていうのは、どうして同じようにやってるつもりでもこう差がついてしまうんだろうか。彼女はナマズなんかも釣ったりしていて、そのうち一度は頭だけのナマズを釣り上げて悲鳴をあげていた。針にかかった魚は動けないので、ナマズみたいに弱くて柔らかい魚はその瞬間にピラニアに食べられてしまうんだそうだ。

 しばらくしてエドワードやシェリーなんかも1匹ずつ釣りあげた。アイーダの友だちのカレンは、あまり釣れないので途中であきらめて釣り糸を片づけていた。最初、
「こんなお肉さわるのイヤ」
ってみんなの後ろで見学していたポーランド人の彼女も途中から応援に飽きたのかジュリアンと交替して釣り始め、すぐに1匹釣りあげていた。

 私は気が短いのでこういうことは苦手なんだ。注意深くアイーダやジェインのやり方を見て同じようにやってるつもりでも、こらえ性がないんでたぶん糸を引くタイミングが少し早いんだろう。でも私もしばらくして、ごく小さいのをつり上げた。それ以上欲を出さなくていいやと思って舟に戻ってあとは見物を決め込んだ。最後の頃にはずっと釣れなかったジュリアンもつり上げ、
「おおっ、ついに!」
ってフランス語なまりで感嘆の声をあげていた。結局ちょうど人数分のピラニアがとれて、棒に刺して帰ろうとしたところへ、昨日ピンクイルカの淵で会ったツアーグループがとおりがかった。あちらはツーリスト4人とガイド1人でなんと20匹もとったんだそうだ。枝に頭を通したピラニアの束を高々とかかげている。むこうのツーリストの女の子が、
「そっちは何匹?」
って訊ねた。ジュリアンの彼女が、言わずにいられない、って感じで、
「21匹!」
と答え、それからこっちを向いて笑いながら舌を出した。嘘つくにしても1匹だけ多く言うなんてスケールが小さい。でもエドワードが魚の束を持ち上げて見せたら、むこうのグループは束が小さすぎるのに気づいて、
「ウソだ〜」
って言った。おかしくなってこっちのみんなも笑った。


たき火の上でピラニアをこんがりと揚げる
 戻ってちょっとお茶してしばらくしたら晩ご飯ができた。ピラニアはハラワタをとって塩をふり、たき火の上で油を熱したフライパンに放り込んで調理してある。5分ばかりかけて揚げてあるので、ヒレまでカリカリしておいしかった。川魚にしては、身も海の魚のようにしまっていて張りがある。

 ヨーロッパのひとたちは魚のどこに骨があるか、どう身がついてるかを知らないみたいで、ガイドのドリオから食べ方を教えてもらいながらも結構みんな骨をぼろぼろにして身とごちゃまぜにして、苦労しながら食べていた。私は説明きくまでもないんで余裕かまして食べてたら、ドリオから食べ方がうまいといってほめられた。ドリオがしきりと感心してるので、
「だって日本人だもん」
って言ったら、
「そう、日本人は魚たべるの」
といわれた。するとスイス人のビビアンが顔をしかめて、
「でも日本人ってさぁ、料理してない魚も食べるんでしょ!?寿司とか」
って言った。たぶん「火を通してない」という意味だろうけど「料理してない」とはご挨拶じゃないか。寿司も刺身も立派な料理なのに、と思ってたら彼女が、
「寿司すき?」
ってきくので、
「もちろん!」
って言った。わぁやっぱり、というような声がスイス人の女の子たちからもれた。父が初めて海外に出た頃は、生魚を喰うといえば外国人はみんな野蛮人という目で見たと聞いていたけど、私がこれまで会った旅行者、とくにアメリカ人なんかでは、「寿司を食べない」とか「食べたことない」というほうがむしろ少数意見で、
「スシはうまいよね〜、サシミすばらしいよね〜」
って言うひとが相当多かった。だから寿司の国際的な地位はそうとう向上したんだと思っていたんだけど、この反応は意外だった。「料理してない」と言われてちょっと悔しかったけど、スイスは海から遠い国だから、生魚料理なんて浸透しにくいのかもしれない、と思って寿司のすばらしさを力説することはひかえた。食べたことないうえ先入観あるひとに何を説明してもわかってもらうことは難しいだろう。ずっとまえ、シリアにいたときにデンマーク人のキムに、
「日本の寿司ではウニがとても珍重されるんだよ」
って言ったら、
「ええっ、あんなものを!しかも生で!トゲついたまま食べるの!?殻ごと食べるの!?」
とからかわれたことを思い出した。

 夕食後しばらくして、ボートで川をのぼり、夜の探検に出発した。夜のワニの目は美しい。マグライトで照らしてみると闇の茂みのなかでワニの瞳だけはややオレンジみがかったガーネットのような光を放った。牧場の岸を過ぎる頃、ドリオが舳先から岸に飛び降りたと思うと、戻ってきたときには手にちっこいワニをつかんでいた。全員を岸におろし、ドリオはちびワニを見せてくれた。20cmぐらいの赤ちゃんワニだ。
「生まれて何日?」
って誰かがきいたら、
「とんでもない8ヶ月さ」
とドリオがいった。ワニの成長には意外に長い長い時間がかかるのだ。ドリオはこのワニのお腹をみて、
「女の子だ。名前はアントニア」
とおもむろに名前をつけ、見ててごらん、と舟のへさきにひっくりかえして仰向けにねかせた。そしておなかをなでながら、
「トゥトゥ〜、アント〜ニア、トゥトゥ〜、アント〜ニア」
と子守歌らしきものを唄った。そしてそっと手を離すと小ワニのアントニアはそのまま動かない。ドリオが何か説明したけど、スペイン語だったからよくわからなかった。ワニはおなかをさわられるのが好きだ、とか、お腹をさすると眠ってしまうんだ、とでも言ったのかもしれない。全員が見守るなかちびワニ・アントニアは気持ちよさそうにあおむけに寝ている。ドリオが誰かに、
「アントニアを呼んで」
と言い、スイス人のジェインが、
「アントニア!」
と声をかけると、ちびワニははっと我にかえり手足を忙しく動かして起きあがった。カルーソーがそれをまたつかまえて、
「ワニの喉は動物をのみこむためにひろがるようになってるから皮がやわらかいんだよ。ほら」
といってちびワニの喉の皮をひっぱってクチをパクパクさせ、
「ワ〜ッハッハ」
と言ってみせたら女の子たちが、
「も〜!かわいそう!」
といって怒った。

 ちびワニを岸辺に放し、もう少し川をのぼったあと舟はUターンしてモーターをとめ、ドリオの持ってる櫂だけで川をくだった。ちょうど満月の夜で川面は明るく照らされていた。岸辺の木のまわりをホタルがとびかっている。この旅に出てすぐのマレーシアで見たホタルほどの数ではないけど、同じようにチカチカと短い時間で点滅するホタルだ。鳥の声がヒョ〜ヒョ〜ロロと夜空に響く。虫の声がする。気配を殺して舟を流れに任せてみると、夜のジャングルはなんていろいろな音に満ちてるんだろうか。それまでにぎやかだった舟の上が急にシンとなった。川岸にたつ木々の闇が肩先まで迫ってくるような気がする。アマゾンの奥地を意識する瞬間だ。

 パンパの夜ははやい。キャンプサイトに戻り、しばらくは火を焚いてみんなで車座にすわり、歌を唄ったり怪談したりしてたけど、火が消える頃にはぽつりぽつりとみんな欠伸をしはじめ、11時前にはみんながベッドにもぐりこんだ。