ノアのバレンタイン・デー

 

「クマ」と呼ばれる者たち
 ノアの住んでるハートフォード通りは「地球の歩き方」にも載ってるノイ・ストリートとカストロ・ストリートにはさまれた短い道だ。カストロといえば天下に名をひびかせたゲイのメッカ。4年半前に山室さん(できごと日記「サンフランシスコまで」参照)ちにお邪魔してサンフランシスコを案内してもらったときも一度連れてきてもらって、一緒に旅してた同僚と先輩と、
「おわ〜すげえ!おじさんとおじさんが手つないで歩いてる!ペアルック着てる!」
と騒いだことがあった。サンフランシスコについたときにノアから、
「サンフランシスコで何を見たいの?」
と言われて、
「まずはゲイのカストロ通りを観光したい!」
と言ったら、
「そんなのウチから1ブロックだよ」
といわれてちょっとギョっとした。
「ノア・・・もしかして実は」
って言うと、
「ヌーサン、僕実は言っておかなくちゃいけないことがあったんだ」
って一瞬真剣な顔して見せたあとノアは「ウソウソ!」といってニッと歯を見せて笑った。

 私の到着翌朝ノアは大幅に寝坊して10時ぐらいに出かけていった。
「大丈夫なの?」
と訊いたら、
「いいんだ、いつも遅いんだ僕は」
といいながら出ていった。街歩きのときに要るでしょ、って私のために定期券まで置いていってくれちゃった。天気は今日もどんよりしているけどとりあえず雨は降っていない。昼ぐらいまで家にいたけどだらだらしていてももったいないのでいざサンフランシスコ観光に出発することにした。さっそく道の両脇に佇むゲイのカップルを見かけた。おなかがどっしりと出てヒゲはやしたおじさんは英語のヒゲ(beard)にちなんでクマ(bear)と呼ばれるんだそうだ。そのクマのセクシーショットを扉にした本が並んでる本屋や、クマ同士が手をつないで歩いている道というのはホント、ゾクゾクするぐらいクールだ。


日本では見られない五重塔
 カストロを歩いて、サンフランシスコの市街を貫くマーケット通りに出た。ここで電車に乗ればダウンタウンに簡単に出られるんだけど、なんとなくまだ自分の足で歩いてみたくてそのままマーケット通りを北上しはじめた。マーケット通りにはいってもしばらくはおしゃれな店がならんでにぎやかだ。私はあまり行き馴れないけどちょっと表参道、って感じだろうか。そうしているあいだに巨大スーパーやらなにやら通り越し、ダウンタウンのはずれまで来た。ここでバスに乗ればいいものを、まだ歩きつづけてうっかりジャパンタウンまで歩いていってしまった。ジャパンタウンは広い車道が貫いているせいかさほど活気があるようには見えないし、韓国語の文字もたくさんあってコリアンタウンと共同営業っていう印象だ。街の真ん中には屋根だけ日本風にした奇妙な交番があって、その向かいの広場には灯籠を巨大化させたような、日本では絶対見られない五重の塔がある。日系スーパーはブラジルのサンパウロ以上に日本の食材があふれている。値段はやはり距離が近いぶんこっちのほうがだいぶ安いように思った。レジのひとは日本人に見えるけど、英語しかわからないひとも結構多い。


ヘンな交番
 夕方まで日本人街にいたら地元の日本語ミニコミ紙などがずいぶん集まった。日本語の電話帳まで無料で配られていた。帰国の日がもう刻一刻と近づいているので、なんとなく就職欄なんか見ちゃったりするわたし。アメリカの求人みたってしょうがないのに。ちょっとぐらいアメリカで働いてみたいとかいう気もあるのかもしれない。日本人街のちいさなショッピングアーケードの中にはたしか紀伊国屋だったか、巨大な本屋があった。日本語書籍の品揃えはほとんど完璧で学習参考書から最新の小説、「地球の歩き方」なんかもざらりと揃っている。ここまでやると日本と同じように洋書コーナーまであるんじゃないかとさえ思えてしまうぐらいだ。小説の一冊でも買ってみるかと思ったけど、よくよくのぞいたら値段換算表があって600円の本が9ドル!もちろん何も買わなかった。このまえ田口あっこさんの泊まっている宿にお邪魔したときに本を交換させてもらってきたから、帰るまではいま持ってる本で間に合わせることにしよう。

 スーパーでそうめんや納豆など買い、帰りは雨になっていたのでバスに乗った。カストロの隣の駅にSafewayという巨大スーパーがあって、ここにも寄って食材を買って帰った。こちらの巨大スーパーは会員カードというのがあって、無料ですぐ発行してくれるような、どうってことないものなんだけど、この会員カードで割引になる特価商品がいろいろあるので必携だ。「メンバー価格」とか書いてあったときはレジのひとに一声かければ申込書をくれる。どんなにいいかげんな住所を書いてもとがめられないですぐさまカードがもらえる。こんなもの持ってるだけでなんとなく地元のひとの仲間入りしたような気分になるから不思議だ。

 ノアんちに帰ってみるとノアはもう仕事から戻ってきていた。ノアはベジタリアンなんで肉は食べないんだけどソーセージみたいなもんを冷凍庫から出して焼いていた。
「なにそれ」
と言ったら、
「前の住人が置いていったの」
と言った。色が青黒いけど太さがちょうど指みたい。ハコを見るとベジタブルって書いてある。大豆タンパクみたいなものでできているソーセージらしい。アメリカはベジタリアンが多いだけあって肉ふうの大豆タンパク食材がとても豊富みたいだ。
「前の住人の指?」
と訊くとノアは「また始まった」って顔でにやにやしながら、
「食べる?」
と訊いた。
「いらない」
って答えたけどノアは2本余計に焼いてくれた。

 この時間までに家のひとたちはみんな帰ってきていて、ひとりひとりに紹介してもらった。金髪でショートカットの女の子カス(たぶんキャサリン)はニュージーランド人で、つまりこの家のなかじゃ唯一の外国人だ。
「南米を旅行したかったんだけど最近ニュージーランド・ドルはガタおちだから、いくら働いてもお金が貯まらないのよ。だからアメリカでひと働きしてお金をつくろうと思って」
と言っていた。まだハタチそこそこに見えるのにすごいもんだな〜と感心した。


ドライブに連れていってもらった
ソノマのワインカウンティ

 それから昨日も顔をあわせたクレスタ。彼女はもうここに5年も住んでいて、いまは一応求職中だけど、アルバイトみたいなことはしているようす。チャイニーズとハーフのニナは結婚している。旦那のマットはプログラマで、主に家から仕事をしているみたいだ。今日は昼間っからニナが帰ってきてたので、
「職場はコアタイムないの?」
ときいたら、
「特にないの」
と言っていた。ほかの州とか東部ではまだ時間制のとこも多いけど、西海岸、とくに都市部では何時から何時まで会社にいたかとか、何時間仕事したかとかいうことはあまり関知しないんだそうだ。ニナはコンサルティング会社でつとめてるけど、
「あんまりイイ会社じゃないから実際あまり仕事しなくてもいいのよね。システムアナリストとして働いてるけど私その手のこと実はなにも知らないのよ」
と言っていた。アメリカって、競争社会だ競争社会だときかされてきたけど、意外とひとによっては気楽にやってるようだ。

 ほかには日本人とのハーフのナンシーという女の子がいて、彼女は絶世の美女と呼ぶにふさわしい綺麗な女の子だった。白人ぽいふんわりとしたブラウンの髪に日本人のようなきめのこまかい肌。褐色から黒へとグラデーションのかかった大きな瞳。29になろうとしているのにハタチ同然にみえる童顔、唇の端がクイっとあがっていていつでもちょっといたずらそうに微笑んでいるように見える。ちなみに彼女はノアの親友ジェイソンA(この「A」は前出できごと日記「サンフランシスコまで」参照のジェイソンとの混同を避けるためで特にこっちのジェイソンのほうが新しいとか強いとかビタミンが入っているという意味ではありません。念のため)とつきあっている。ノアがこの家に住むようになって、ジェイソンAがノアを訪ねてくるようになり、ナンシーと知り合ってつきあうようになったんだそうだ。


いま人気のクリスピークリームドーナツにて
 このジェイソンAはそばかすがあるもののまるっきり日本人の顔立ちだったんで、
「彼も日本人のハーフとかでしょ?」
とナンシーに訊いたらベトナム系とのハーフだそうだ。アジアに旅行した帰りに日本で乗り継ぎしたら誰もが彼を日本人と確信して日本語で話しかけるので本人もびっくりしたとか。このほかに上の階に住んでるクレスタの彼氏でフィリピン系のエドなんかもよくやってきたし、ちょっとヒスパニック系のエキゾチックな顔立ちのヴィーナという女の子は、カスと仲がよくてよくあそびにきていた。

 ここでは掃除などは思いついたひとが思いついたときにやっているらしい。キッチンに洗い物があると自分の使ったものでなくてもみんながすすんで洗ってるので気持ちがいい。共同の食料品やキッチンペーパー、トイレットペーパー、台所用洗剤みたいなものは毎週まわりもちで買いにいって、とくに精算とかはしないみたい。キッチンには個人の食料の棚があるんだけど、到着したときにノアが、
「これが僕の棚、だけどほかの棚のものも、ここにあるものは何でも使っていいしどれでも食べていいんだ」
と言っていた。アパートをシェアするという生活はシリアのダマスカスにいたときにデンマーク人のキムたちがやってたのを見たとおり、結構むずかしいものがあるようだったけど、ここの家じゃお金や役割をあえて曖昧にすることでうまくやっているみたいだった。

 翌朝、起きてノアがお風呂にはいってるあいだにごはんをたいて納豆食べてたらノアが高い声で、
「グロゥス(気持ちわるい)!!」
と叫んだ。気持ちわるいだのなんだのと言ってもイヤミを言った感じにちっとも聞こえないところが彼のトクなところだ。さて納豆だけど、これに生卵をいれてるところが彼にはたまらなく気持ち悪いらしい。
「ノア、日本に入国するときはイミグレーションで全員これを食べるんだよ。おいしいって言わないと入国できないんだよ」
と言うと、
「僕は一生行かないよ!」
と言った。薄情な男だ。だけど彼のこういうヘソまがりなところも、実にノアらしい魅力なんだと思う。

 土日は車があったんで、サンフランシスコから近いソノマっていうワインの名産地をドライブしたり、オークランドにあるドーナツやに行ったり、サンノゼのミルピータースにあるショッピングモールにいってアーケードでゲームをしたりした。


道から湯気ふくダウンタウン
 翌週平日はほぼ毎日ダウンタウンのへんをうろうろした。サンフランシスコのダウンタウンは道路から湯気がでている。映画とかで見るままだ。この界隈はショッピングモールやデパートがてんこもりで楽しい。街を歩いているといかにも卒業旅行らしい旅行者とよくすれ違った。おもしろいのは、男の子はみんな身なりが貧乏っぽくてスーパーとか大きい薬局とかでうろうろしているのに対し、女の子たちはこぎれいでデパートとかにいるということだ。
「何かお探し?」
と言われて男の子たちがたじたじとして、
「いやっみてっ見てるだけですっ」
とか答えてるのに比べ、女の子たちはわりと堂々として化粧品売場やアクセサリー売場ではつらつと買い物してるというのも興味深い。

 ダウンタウンのなかでも私のお気に入りはCompUSAというコンピュータショップだった。どーでもいいけど「地球の歩き方」の地図ではキャンプUSAというアウトドアショップみたいな名前になってるので要注意だ。さてこの2年というものパソコンやなんてロクに覗いたこともなかったのがいきなりコンピュータ先進国にやってきて最新のマシンセレクションを見せられたので多少戸惑うものがあった。そういえば私が初めてアメリカに旅行に来たのが8年前で、そのときに14.4kbpsモデムをたしか4万円ぐらいで買ったと思ったんだけど、いまは56kモデムが3000円かそこらで売られている。会社にはいったばかりの頃ほしくてしょうがなくて、でも高くて買えなかったタブレットが1万円ぐらいで売られているのを見つけた。しばらくは遠巻きにぐるぐると店内をうろついているだけだったけれどだんだん半径が狭くなって、最後ほんとに出来心、って感じで買ってしまった。もうあと少しで帰るんだし、帰ったらほどなく働き始めるんだから、もうお金セーブしなくてもいいや、って気分になっている。

 タブレット買って帰ると、ちょうどノアがバックパック背負って両手に巨大なビニール袋ぶらさげ、夜逃げしようとしているとこだった。
「どこに逃げるつもりだ!」
って訊いたら、
「コインランドリーだ!」
と答えた。バックパック満タンに衣類がはいってるらしい。私も洗濯ものがたまっていたのでついていった。これまでの国々だったら、どんなに寒いとこでも手で洗っていたもんだけど、アメリカに来てすっかり都会暮らしが板についたのでそろそろ洗濯ものにもコインランドリーを使ってみるか、という感じだった。ノアは、日本では見たことないような巨大な洗濯機3つを占有して衣類を放りこんでいた。
「何日ぶんためてたの」
と訊いたらノアはしらばくれて、
「2,3日かな」
と答えた。

 ひととおり洗い終え、乾燥機をまわしてからむかいのメキシカンの店に晩ゴハン食べにはいった。私はタコスを食べたんだけど、レジに並んで注文するときにごく自然に「Por Favor(pleaseにあたるスペイン語)」が出てしまった。スペイン語圏にいたときそれほどラテンの国々にこころを奪われていたわけでもないのにどうしてこんなにスペイン語が懐かしいのだろうか、と時々ほんとに不思議に思う。いま振り返って思えばラテンにひとたちって得てしてとても親しみやすかったし、スペイン語って聞き取りやすくてもうちょっとがんばればもうちょっとできるようになるだろうと思いながら終わったので、それがひっかかってるにちがいない。

 次の日もまたダウンタウンに足をはこんだ。正直なところサンフランシスコはいままでに卒業旅行と4年前と2度きていて少々観光もしたことあるので今回は観光客らしいところに行く気はなかった。かといってショッピングを楽しむ、というほどお金がないのが悲しいところだ。ぶらぶら歩いてノードストームというショッピングセンターにはいった。ここは広々した吹き抜けがあって私にとっては場違いな高級感いっぱいで喘息おこしそうだった。吹き抜けをかこむようにして弧を描いたエスカレーターがある。こんなエスカレーター、日本でも見たことない!まるでおのぼりさんの私はすっかり恐縮して通路ばっかり歩いてちっとも店に入れなかった。卒業旅行だったら私は男の子組だなぁ、などとふと思った。それでもカードを扱うおしゃれな店を見つけたのでおそるおそる入って1枚誕生日カードを買った。あと1ヶ月もするとキムの誕生日だ。


マットの誕生日パーティ
 その晩はマットの誕生日パーティだった。この家のひとたちはいつもパーティをひらくか、食事にでかけたりしてるらしい。キッチンのテーブルの上にははやくからみんなのプレゼントが積まれていた。私もCompUSAでちょっとかわいいCD−ROMケースがあったのでプレゼント用に買ってきていた。包装が苦手なのでノアにたのんだら、
「任せといて!」
と元気よく答えてナンシーの部屋から包装用紙をもらってきてぐちゃぐちゃにつつんでいたのでガクっときた。私以下だ。
「ノア・・・」
と声かけたら察したらしく、
「クールっていって」
とノアは答えた。

 マットの誕生日パーティはインド料理の店だった。10人ぐらいが集まってにぎやかに食事をしたあと、何人かは帰っていったけど別に何人かが加わって二次会はバーに飲みに行った。彼らの行きつけのバーにはすでにナンシーとジェイソンがいて、そのほかにみんなの共通の友だちらしい黒人でおとなしいスコットと、同じく黒人で巨漢のモリス、アジア系で日本人そっくりのフランクリンってひともやってきた。バーには暖炉があってとてもあったかい。みんなでカウンターでお酒を買ってきて丸テーブルのまわりに思い思いに集まって飲んだ。

 彼らは席の移動が激しい。ちょっとむこうにいるひとと話し始めるとすぐにそのひとの近くの席に移動していく。そういうところ、アメリカのイメージ通りだなと思った。それにしてもこの人種のミックスぶりには感銘をうけた。アメリカは移民国家ときいていたけど幼い頃から私なんかの目にうつるアメリカって白人と黒人の国という印象が強かった。ところが来てみるとアジア系もなかなかどうして負けてない感じだ。あるときはノアをかこんでジェイソンAと私とフランクリン、エドが集まって喋っていたことがあった。そんときなんかはまるで日本人が集まってるところにノアが紛れ込んだみたいだったけど、実際には日本とベトナムにフィリピンに中国だからね。但しノアに、
「アメリカってこんなにアジア系が多いとは知らなかったよ」
って言ったら
「まあサンフランシスコとかは特別だと思うよ」
とは言っていた。地方なんかに行くと今も「ほとんど白人」っていうところは多いんだそうだ。

 それからもうひとつアメリカについて意外だったことがあった。その晩家に帰ったらジェイソンAが、
「ノーサン、これをあげよう。見たことある?」
といって1ドル玉をくれた。1ドル玉はもうかなり前に発行されたもので、記念硬貨じゃなく正規の硬貨なんだけど手にはいるのは珍しいんだそうだ。でも私はコスタリカで会ったアメリカ人のおじさんに1個もらったやつを持っていた。
「ありがとう、でも1こ持ってるんだ」
と言ったらジェイソンAはなあんだ、という顔でわらって私の手から硬貨をつまみとった。ノアが、
「紙幣はサイクルが短いんで硬貨を発行することになったんだけどアメリカ人はどうにも保守的な人種だから誰も新しい通貨を使いたがらないんだよね」
と説明した。
「アメリカ人が保守的?」
って訊いたら、
「そうだよ。だから発行からもう何ヶ月だかたつのに一向に流通しないんだ」
とノアは補足した。アメリカは発明と改革の国だと思っていたけど、歴史が浅くて伝統がないぶんその伝統をつくりたがる傾向にあって、逆に国民は保守的で変化を好まないんだそうだ。

* * *

 その翌日の朝、ノアは出がけに、
「今日は僕7時半ぐらいに帰ってくるよ。そのあと友だちが来ることになってるから、僕が晩ご飯をつくるから」
といって仕事に行った。


チャイナタウン
 午後になってからチャイナタウンに出かけた。サンフランシスコのチャイナタウンはエキサイティングなところだ。中国パワーがあふれている。ときどきアジアでかぎなれたお香の香りがして、道路は狭いし頭上には色鮮やかな看板がならんでいたりしてわあ、ここってまるっきりアジアだ、と思った。歩くひともほとんどが中華系なんで、たまに白人や黒人をみかけてもまるで香港に観光に来ている旅行者を見るような気分だ。言葉も英語を話すひとが珍しいぐらいで、たとえ英語が聞こえても中国系のアクセントがとても強い。この街は規模もすごくでっかくて、シンガポールなんかを除けばこれだけ大きいチャイナタウンはどこの国でも見たことがない。ぐるぐるぐるぐると街をうろついておなかがすいたので点心の店でゴマだんごや餃子を買い食いした。巨大な蒸し餃子3個1.1ドルで、ちゃんとタケノコもエビもはいってる!またチャイナタウンはおみやげも安い。ダウンタウンの中心あたりで売られているおみやげで50ドルぐらいする時計なんかも、このあたりだと同じものが1/3ぐらいで買えた。

 チャイナタウンをひととおり攻略し終えて顔を上げるともう日がくれかけていて、かなたの海上の薄暮のうえにゴールデンゲートブリッジがぶらさがっていた。絵はがきなんかでよく見た風景だけど、晴れた日のゴールデンゲートブリッジの空はほんとうにパープルになるんだなあと感心した。


クレスタは毎年バレンタインに飾り付けをするらしい
 ところで今日はバレンタインだ。アメリカじゃバレンタインは主に男性から女性に感謝したり贈り物したりする記念日らしくて、街の文具店やスーパーなんかじゃおじさんたちがカードを選んでる姿がよく見られた。家に帰ったら、ドアぐちにハート型に切った赤いデコレーション用紙がはりつけてあった。クレスタが貼ったものらしい。キッチンにはクレスタがデザインしたカードとお花がそえられて、キャンディが置いてあった。みんながバレンタインのデートの準備で右往左往している。

 8時近くなってノアが帰ってきてすぐ晩ご飯の仕度にとりかかった。ノアが、
「今日来るひとたちは、片方はノーラ、片方はジェニファというんだ」
と言った。そのときになってようやく気づいた。今日はバレンタイン。ノアが女の子を招待してるってことは、どっちかノアの想い人なんじゃないの?
「どっちか彼女?」
って訊いたらノアは、
「どっちも彼女じゃな〜い」
と答えた。なんかごまかしてるふうに聞こえる。
「どっちかアタックしてるひと?」
って訊いたら、
「どっちもアタックしてな〜い」
と答えた。うそぅ!どっちかきっとターゲットだよねえ?!

 そのうち女の子がたずねてきた。もしかすると私よりも小さいかもしれない小柄なひとで、ちょっとすました顔立ちで肌と歯並びがキレイだ。年の頃はたぶん22か3ぐらい。彼女が来たらノアは顔中でほほえんで彼女をかかえこむようにぎゅっと抱きしめてほっぺにチュってやってる!彼女ノーラは眼鏡で、幼い顔立ちに濃い口紅がちょっとだけ生意気そうに見える。胸が広くあいたカットソーを着て、キレイにおしゃれしてきていた。ノーラはノアに言われる前からノアの部屋の入り口にバッグを置いたので、ここに来るのは初めてじゃなさそうだった。彼女は自分から話すほうではなく、ちょっと私に対して疑わしそうな視線をなげている。やばい、やばいよ?この女の子がノアのターゲットだったとしたら、絶対、私とノアってどういう関係?って思ってるでしょ?彼女がなんか不穏な表情してるのにノアはさっきからなんかただにこにこしながらニンニクむいてる。なんとか言ったらどうなんだこのトーヘンボク!

 雰囲気をやわらげるために私のほうからおもいきって話題をふってみた。どういう仕事してるの?とか、ノアはどこで会ったの?とか。ノアと彼女はなんか大きいパーティで知り合ったんだそうだ。彼女は見た目に似合わず職業は建築家で、橋のデザインをやったりしているんだそうだ。そういう話しをしているうちにもうひとりのお客さんジェニファがやってきた。私は彼女たちが友だち同士なもんだとばかり思っていたんだけど、「顔を見たことがある」って程度で一応知らない同士だった。このジェニファは登山用みたいなジャケットにカジュアルな綿パンという男の子みたいないでたちだったので私はいよいよノーラが本命だと思えてきた。


ノアのディナー
 ノーラの持ってきてくれたワインを飲んでいるあいだにノアの料理ができあがった。ノアの料理は缶詰の豆に肉ふうのベジタブルソーセージきざんで入れ、トマトで煮込んでちょっと辛く味付けしたチリ・コン・カルネみたいなもので、ニンニクバターをそそいだトーストとレタスのサラダが添えてある。ほとんどありあわせの材料で即席でつくったにしちゃ、料理の味は上出来だった。

 そういえば、喋っていて一度おもしろいことがあった。私がレモンティを飲もうとして冷蔵庫に立ちながら、
「ほかに飲みたいひとは?」
ってきいたらノーラが、
「OK」
って言った。雰囲気からはOKちょうだい、という感じだった。だけど、OKっていうのはたとえばノアがよく言う「いや僕はいいです I think I'm OK」などというようにイラナイというときにも使う言葉だ。
「えっと、私英語の表現にあまり馴れないものだから、OKっていうのは、いる?いらない?」
ってきいたら、ノーラは私が「OK」という言葉自体を知らないんだと思ったらしくて、
「ああ、これはね」
と言って、言葉の由来を話してくれた。それによるとなんでも戦時中、といっていつの時代かわからないけどとにかくアメリカがどっかと戦争をしていたときのことだ。戦いがあったあとに無線で部隊に死者の数を問い合わせるとき、本部からは「How many killed?(死者は何名?)」といわず、killedを縮めて「How many K?」と言ったんだそうだ。ダイレクトな表現を避けたのかもしれないし、たんに時間の短縮のためかもしれない。で、返事はたとえば2人死んだら2K、10人死んだら10Kといったぐあい。つまり誰も死んでないときはゼロKとなるわけだけど、ゼロはアルファベットのOに似てるんで電話番号なんかでもオーと言い換えることがある。つまり誰も死んでないときはO・K。それが転じてOKが「大丈夫」という使われかたをするようになったんだそうだ。この話を聞いて私はなるほど!と思って、
「あぁ、OK」
と言ったんだけど、彼女はそれを訊いて、わかってるじゃない!というふうに、
「そう!そういうふうに使うの!」
と教えてくれた。それで、私は「OKって言葉を知らないんじゃなく、アイスティを飲むか飲まないかを知りたかったんだ」とは言うに言えなくて一か八かでノーラにアイスティを注いだ。結果は「飲みます」の意だったらしくて彼女は戸惑う様子もなくコップを手にとっていたのでほっとした。

 ジェニファはスペインに1年留学してたことがあってスペイン語が話せるんだそうだ。彼女は公立学校で働いており、学校生活に問題のある子どもたちのコンサルティングをしていると言っていた。子どもたちの多くは貧しい家の子で、本人より家庭に問題があることが多い。そういうとき子どもたちの生活を改善するためには家族との話し合いが欠かせないけど、彼らの80%は主としてスペイン語を話すひとたちなので、この仕事にスペイン語はなくてはならないものなんだそうだ。私はカンクンの日本人宿にいたときに本棚にあった「シーラという子」という本で、そういう環境で虐待をうけて育った女の子の話に少なからず衝撃をうけていたので、実際にそういう現場で働く彼女の話しはとても興味深かった。

 ところでこういう会話している間ノアはというとどうも招待した者としての役割を放棄してるような気がしてならなかった。なんだかノーラが話してるまっさいちゅうに大あくびして目をうるませたりしているし、そのうち宴もたけなわなのにお皿をかたづけて洗い物をはじめてしまった。そんなのゲストが帰ってからすることでしょう!ノアが洗いものしてる間ノーラとジェニファはなんかしらないけど立ったままおしゃべりしていた。ノア、どうなっちゃってんだよ、言ってくれればそんなこと私がやるのに。私はやきもきしながらノアのかわりにゲストのもてなし役をつとめていた。


バレンタインの食卓を囲んで
 ノーラは最初こそ警戒してる感じだったのでわからなかったけれど、しゃべりはじめてみるとすごく日本の文化についてすごくいろんなことを知っていた。彼女は以前合気道をやっていたこともあるそうだ。最近では「鼓童」という太鼓のグループに魅せられてしまい、なんとかサンフランシスコで太鼓を習えるところがないものかと探して日本人街にある太鼓のレッスンに通い始めたと言っていた。ちょうどレッスンにあたっての心得書みたいなものを持っていたんでカバンから出してきて見せてくれた。それによると、道場にはいるときは靴をぬぎタビ・ソックスをはくこと、レッスンの開始時には「ヨロシクオネガイシマス!」、レッスン終了時には「アリガトウゴザイマシタ!」と言うこと。道場ではガムは禁止、稽古中の飲食禁止など、私から見ると太鼓とそんなことが関係あんのかと思うようなこまかいことまで指示が書いてあった。私にとっては、そういうことにこだわるのはちょっとばかばかしく思えるんだけど、彼女にとってはこういう細かいきまりを守ることによって太鼓の伝統を守る日本の「こころ」に触れる思いがするらしく、日本語の挨拶の正しい発音を訊ねては熱心に練習していた。

 彼女は日本だけじゃなくてアジアの文化なんかにも興味あるらしい。今日私が中華街に行ったと話したら興奮して、
「レモングラスみなかった?!」
と訊いた。あるとき彼女はタイ料理のレシピを手に入れ、材料のひとつのレモングラスを探しにチャイナタウンに行ったんだそうだ。だけどレモングラスって、草の形なのか、粉状になってるのか、乾燥させてあるのか、どういう状態で売られているのかもわからない。彼女は乾物やから八百屋から、かたっぱしからはいって行って、
「レモングラスありませんか」
って訊いてまわったんだそうだ。ところがチャイナタウンのひとたちはこまかいところまで英語が通じないことが多い。レモングラスを中国語でなんというのかわからないので彼女は諦めて戻ってきたらしい。
「レモングラスって漢字でどう書くの?」
と訊かれて私は辞書を見て「檸檬草」としたためた。けれど、これが中国で使われているとは思えない。この言葉ではチャイナタウンでは通じないかもしれないけど、レモングラスは見た目はこんなふうで、と説明したら、彼女は中国語名がわからないことで残念そうにはしていたけれどとにかく手がかりがみつかったことを喜んでいた。まったく健気で好奇心が強くてかわいいひとだ。私は彼女がすっかり好きになってしまった。

 太鼓の話しをしてたときに、
「そういえば太鼓のクラスの下見いったときあなたも一緒に行ったんじゃない」
とノーラが言った。ノアが洗い物をしながら、
「そうだったねえ」
と答えた。それでかぁ、ノアの部屋にゴザと和風のランプがある理由は!ノアはノーラがどっか出かけるっていうときにちょいちょいつきあってるに違いない。そのあとノーラはおしゃべりの輪をぬけるとノアのうしろにいって、話しかけるでもなくなんか甘い雰囲気をただよわせてキッチンの戸口に立っていた。ノアは彼女に気づいてなんか微笑んで声をかけながら洗い物をつづけている。ちょっとちょっと〜、両思いじゃないのあなたたち〜!

 最初、私にはノアがどういうつもりでノーラとジェニファの2人を招待したのかよくわからなかった。日本でたとえばバレンタインに2人、知らない同士をいきなり招待したり、アクビしたりお客が帰らないうちにお皿洗ったりしたらお客はちょっと怒っちゃうだろう。この差は日本とアメリカの差なんだろうか、と最初私は思っていた。けど、このときに至ってやっとわかった。もしノーラひとりを招待したら私が気まずい思いをすることになるだろう。もしノーラとふたりでデートに出かけたら、バレンタインの晩に私ひとりさびしい思いをさせるかもしれない、そう思ってノアは気を使ったんじゃないだろうか。眠そうにしたりお皿洗ったのは、もてなし役を私にゆずることで、私が会話からはみだしてしまわないように配慮したということ!?

 しばらくしてノーラがもうそろそろ帰らなくちゃ、といったのでノアが外まで送っていった。ノーラがいるあいだ、ノアは終始見たことないぐらいにこにこしてたけど、ノーラが帰っていくと急に普段の彼に戻った。ジェニファはこの家のほかのひとたちとも知り合いらしくてもう少し喋っていったけどまもなく彼女も帰っていった。ジェニファが帰っていくまでに私はほぼ確信していた。やっぱノーラがノアの思い人なんだ。ほんとなら、ノアは今日彼女に告白でもするつもりだったんじゃないだろうか。私さえいなければ彼はノーラとデートしてふたりでワインでも飲んだりしてふたりでロマンティックな夜を過ごすはずだったのかもしれない。

 今夜彼女たちと会っておしゃべりして、とても楽しかったしそれはそれでよかった・・・けど、わたしまた埋められない失態をやらかしてしまったみたい。私ってほんとにバカだ。ノアだって年頃の男の子なのに、よりによってバレンタインはずさずに泊まりに来るなんて。私はふたりの邪魔しちゃったことにやりきれなくなってきた。

 寝る前に、キムにメールを書いた。ノアがバレンタインに女の子たちを招待したこと、そのうちのひとりが彼の想いびとに違いないこと、私が彼の大事なバレンタインを台無しにしてしまったこと。

 かわいそうに、きれいにおしゃれしてきていいたのになあノーラ。もしかしたら私やジェニファがいることを知らなくて、来てみてがっかりしたんじゃないだろうか。ノアの態度を誤解して怒ってしまっていたらどうしよう・・・。考えはじめたらとまらなくなって、3時近くなってもまるで眠気がやってこなかった。