1年も経って、もう時効だからこの話しをしよう。
私がベルギーに行ったときに会ったラフィとサッコとメロ。彼らの家に泊まってた最後の日のことを、ずっと秘密にしてきた。そのことは、私にとってはちょっとエキサイティングだけどかなりショックなできごとだったので書かないでいたんだけど、このまま秘密にしておくのももったいないので、書いておこうと思う。この話を読む前にできごと日記の「ひろう神あり」と「スリーメン&ナンシー」を読んで、彼らのことを思い出してくれるとうれしい。
* * *
朝。電話やで、メロがひと仕事片づけてから車で出かけた。私はブリュッセルのあとはパリに出発することに決めたので、まずユーロラインというバス会社の代理店に行き850フラン(2400円くらい)でパリ行きの朝発のバスを予約した。バスの出発がどこからかわからないし、ベルギーに来てから地図も手に入れてないんで、明日どうやってバスターミナルに行けばいいかなと思っていたら、通りがかった駐車場を指さしてメロが、
「ここに明日連れてきてあげるよ。ここからバスが出るから」
と言ってくれたのでほっとした。彼らは一から十までこんな調子でほんとに面倒見のいいひとたちだった。
それからちょっと郊外に行き、原子の形をしたアトミウムという建物や、その近くの日本庭園と中国庭園を見て、記念写真を相当とった。ベルギーっていうのは全国だいたい雨が降ってるというのが普通だそうだ。その日も天気はいまいちで結構風が強く、気温も低くてジャケットの前をきっちりしめても寒い。写真をとるときメロが肩を抱いたりするのが気になったけど気づかないフリをしていたら、メロは何度目かの写真撮影のときに、
「どうしても明日行くのかい?ここに住んで働きなよ。僕のパートナーにならない?」
ってささやいた。17才の彼女がいるくせになにを血迷って、と思った。
そのあとしばらく走って市内に戻り、メロがどこかに出て行って戻ってきたなと思ったら、レオニダスのチョコレートを買ってきていた。彼はチョコレートのつまった小箱を私にくれて、
「これはキミにだよ。キミは明日いっちゃうから、おみやげにね」
といった。彼はひとまわり大きい箱をもうひとつかかえていて、
「これからある女の人のとこに行くんだ。彼女は以前僕のガールフレンドだったんだけど、いま別のひととつきあってて、彼が入院してるもんだからレオニダスのチョコレート買ってきてっていわれたんだ」
って言った。
しばらくすると彼は車をとめてどこかへ行き、女の人を連れて戻ってきた。茶色のセーターに黒のスパッツをまとった彼女はきれいな金髪であごの短いかわいい感じのひとだったけど、年齢はたぶん45才ぐらいか・・・痩せてしわが多いのでもうおばあさんに近く見える。メロのターゲットゾーンはかなり広いらしい。それにしても私には、彼女がイマ彼のお見舞い行くのにモト彼に連れてってと頼むというのが不思議でならなかった。
しばらく走って病院についた。病院には巨大な駐車場があって、そこから院内に入るとケーキ屋とカフェに花やにスーパーみたいなもんがずらずらっと並んでいた。ATMはあるし、廊下ではケーキのいいにおいがするし、ちょっとしたショッピングセンターみたいだ。カフェとかは病棟の離れにあった。病棟のほうに向かうとちょうど彼女のイマ彼がきた。そこでカフェに行ってコーヒーを頼んでテーブルをかこんで座った。
彼女の彼はほとんど白髪に白ヒゲの50才ぐらいにみえるひとだった。彼は病棟のほうから点滴をぶらさげる台を転がしながら歩いてきた。彼はフランス人ということで、ふたりはフランス語で話していた。メロは彼と友達だか知り合いらしく、私を彼に紹介してくれた。なるほど、メロと顔見知りならメロ自身もお見舞いに来る理由があるわけだ。彼らは過去とか気にしないドライでシンプルな間柄なのだろう。と推察しながらもなんとなく釈然としないものを覚えたのは確かだ。メロは私に、
「彼は音楽家なんだ」
と紹介した。彼はよく笑うひとで、
「いい音楽だよ」
と言ったあとカハハハハハと笑った。どうしてそこで笑うのかわからないが、私もカハハハと笑ったのだった。
音楽家の彼は彼女と激しくいちゃついていたので私は見ないようにして、ラフィとサッコとおしゃべりをしていた。メロはもと彼女とそのイマ彼に向かい合って座っていたので手持ちぶさたになっていてちょっとかわいそうだった。10分か15分ぐらい、わりと短時間で私たちは病院を出た。入院中のイマ彼と彼女は、別れ際にぶっちゅぅぅっとキスをしていた。
病院を出て車に乗ってからまたラフィのジョークが始まった。ラフィのジョークはシモネタが多い。シモネタにはスラングが多く使われるんで私にはよくわからないことが多かった。言われること言われることさっぱりわからないでボーっとしていたら、
「おまえっていうのは本当にネンネだな。おまえにひとつだけ聞いていいか。プライベートなことだから答えたくなかったら言わなくてもいいけどな。たとえば週末な、彼と出かけてメシくって酒飲んでダンスしたりして彼の家に帰ってくるとするだろ。そのあとおまえは一体何をするんだ」
っていうから、言葉につまって、
「そんなの、えーと、普通のことに決まってるじゃん。みんなと同じだよ!私がラフィのジョークがわからないのは、ラフィが話してることそのものがわからないんじゃなくて言葉の知識の問題だよ」
って言ったら、
「そうかぁ?どうもおまえは29才とは思えないんだが」
と言った。いまから考えると彼はそういう話で、私にどのぐらいそのテのことに耐性があるか探りを入れていたかもしれないと思う。家の近くまできたときに、メロが間合いを測ったように、
「今夜例のクラブに行くけど、行く?僕はさっきの彼女とつきあってたときに一緒に3回言ったけど、まあ彼女も楽しんでたよ。別に自分のしたいようにしてればいい店だから」
と言った。
その店のことは数日前、ラフィのクチから聞いていた。ラフィが、
「明日か明後日、俺たちは特別なクラブに行くよ」
って言ってたのだ。
「特別なクラブってなに」
って訊いたら、
「子どもには関係ない」
と彼は言った。
「なんなの〜」
私がかさねて訊ねると彼は、
「うん?まあ大人が集まるとこなんだよ。一階と二階にわかれてて、下ではお酒飲んだり踊ったりするんだ。で、気に入った子がいたら二階に行って・・・とまあそういうところさ。ま、ちょっと覗きに行くだけのつもりだから、たぶん一階で飲んでると思うけどな、もしラッキーだったら・・・♪♪♪♪〜」
というふうに彼は多少ぼかして説明した。
へえ、そんなところがあるんだ。おもしろそうだな、とちょっとだけ思ってはいたけど、誘われると思ってなかったからメロから言われたときはちょっと動揺してしまった。多分そんなところを見にいけるチャンスは今回が一生に最初で最後だろうけど、行ったら私も参加しなくちゃいけないのか、とか、逆にアジア人のチビっこが誰にも相手にされず、独りとりのこされたらどうなるんだろうなあとかそういう想像をしたりして緊張した。連れて行かれたはいいけど、3人がそれぞれいい女のこを見つけて二階に上がってしまったら私は何をしてるんだろう?
家にもどってから残りもので夕食にした。ご飯を食べながら、あまりの緊張に全然食が進まないことに気づいた。行こうか、やめようか。これ、行ってもいかなくても後悔するパターンだなあたぶん。考えれば考えるほど肩がこってくるので、とりあえず行かないほうに決めてみることにした。そうしたら急に気が楽になった。ごはんを食べながら、
「私やっぱ行かないよ」
って言ったらラフィは、イッツアップトゥユー(お好きなように)、と言った。
「お前はもう子供じゃないんだろ。俺は全部包み隠さず言ったし、あとはお前の好きにするといいさ。俺は何でも自分で見てみたほうがいいと思ってるから、これはお前にとってひとつのチャンスだとは思うけど、お前が見たくないなら見なくていいし、見たければ見ればいいし、それはお前次第だよ」
と彼は言って、それ以上は続けなかった。しばらくしたらサッコがシャワーを浴びにいって、いつものTシャツじゃなくてちゃんと襟のあるシャツを着た。どうも準備がはじまってるようだ。
しばらくしたら電話やのほうに行っていたメロがふたりの男をつれてきた。最近メロはピークタイムのアフリカとの通話がうまくつながらず頭を悩ませていたんで、新しい電話会社のエージェントを呼んだようだ。彼らの言葉は英語が中心だけど、メロはあまり英語が得意なほうじゃないんでラフィに通訳を頼んだみたいだった。男ふたりはソファに座ってラフィと挨拶した。彼らはイギリスに住んでるけど、パキスタン出身だと言っていた。イギリス在住のパキスタン人と商談するシリア系ベルギー人と、その通訳をしてるアルメニア系アメリカ人かぁ。なんかすごいとこにいるなぁ私、と思った。パキスタン人の片方はヒゲをはやしおっさんくさいけど声がおそろしく高かった。片方は若い感じでちょっときれいな顔立ちだったけど目の下がやけに黒い。メロんちのちょっと薄暗い電灯の下での彼らとの商談はまるでなんか悪いものでも取り引きしてるみたいでエキサイティングだった。彼らがすごく私のことをジロジロと見たので私は落ち着かなくてラフィのうしろにかくれた。彼らの英語ははインド人とよく似ていて、インドでよく聞いた舌を巻きっぱなしの発音だった。5人で話すときは英語だったけど、彼ら二人はときどきパキスタンの言葉で話し、サッコとメロとラフィはときどきアラブ語でやりとりをしていた。5人の会話を聞きながら、どうしようかな、とまだ考えていた。
パキスタン人の彼らは長距離電話ホールセラーで、イギリスの会社から通話時間を買ってそれを他の電話やに売る仕事をしてるらしかった。メロが通話回線のよしあしを試したいけど今日はヒマがないし明日は休みだから明後日またきてくれないかと言ったら二人は、
「今日は初めてお目にかかるんで無料でご相談に来たけど、私たちも忙しいのでいつもそういうわけにはいかないんですが」
と言った。そしてさらに、
「電話回線を試していただくにもパスワードを教えないといけないし、それを渡すとあなたが他の人に売るかも知れないから我々も容易には試してもらうわけにいかないんですよ」
などと言ってちょっと渋る構えだった。でもとにかく回線品質を試さずに契約するわけに行かないんで、メロは、
「そいじゃいまからとにかく試しに行こう」
といって店に彼らを連れていった。サッコは着替えて通訳に行った。もう9時半を回っていた。
ラフィはまだ眠そうにしていて、通訳に行くのかな、と思ったら短パンも着替えないでアクビをしていた。
「行かなくていいの?」
と言ったら、
「うん、俺は眠いしナンシーも行かないっていうから、メロたちには俺も行かないって言ったんだ。だけどメロたちがせっかくだから行こうってきかないんだよね。どうしようかな・・・」
って言った。私は「通訳に」行かなくていいの?って訊いたつもりだったんだけど、思いがけず彼が「例のクラブに」行くのをやめると言ってるみたいだったのでちょっとびっくりした。
「それって例のクラブのこと?」
って確認したら、
「そうだよ。あんまり気が進まないけどな。お前を置いていくのもナンだし。・・・C'mon Nancy、 お前が行くなら俺も一緒に行くよ。メロの彼女だってこの前行ったけど、ずっと一階で飲んで帰ってきたんだって言うぜ。心配すんなよ、お前が飲みたきゃ俺も飲むし、お前が踊りたければ俺も踊るし、お前が見たいなら一緒に見に行くし、お前がイヤなら何もしないさ。もしかしたらお前に誰かいいヤツが見つかってお前が二階に行っちゃうかもしれないけど、お前がしたいようにしていいから行こうぜ」
と言った。
「私が行ったらラフィはベビーシッターになっちゃうよ?」
って言ったら、
「いいさ。」
といって私の手をとって床から立ち上がらせた。そうかやっぱり行くのか。しかしさっき緊張のピークを通過したせいかさっきより落ち着いていた。
その格好で行くのか?って言われて、私はぺらぺらのTシャツから襟付きのカットソーに着替えた。虫さされの赤斑は数日来薬を塗ってるおかげでかなり赤みもカユミもひいて小さくなっていて、うす暗いところなら半袖でいても目立たなそうだ。着替えをしたらメロが帰ってきて、さあ出かけようって言った。とりあえず商談は延期になったようだ。
車に乗りながら、「あれこれ考えてもしょうがない、見るもの見て、あとはお酒でも飲んでメロたちを待っていよう。どうしても参加しなくちゃいけないってわけじゃないんだし、イヤだったら外に出て待っててもいいんだし」と思った。例によってめちゃくちゃな運転の末30分ぐらいでベルギー第二の都市アントワープに着いた。お店は郊外の一戸建てで、裏にわりとみすぼらしい地味な入り口があった。プライベートクラブ、とかなんとか書いてあったと思う。
入り口にはカメラが備え付けてあって、メロが呼び鈴を鳴らすとちょっとしてドアがひらいた。ドア口のさきにはカーテンがあって、中が覗けないようになっている。入り口の大男は4人をじろりんと眺め回したけど、とくに私のことを念入りに眺めたようだったのでなんか値踏みされているような気がしてこわくなった。階段の下で上着をあずけた。店の一階はふつうのバーのようになっていて、一角には食べ物が少し用意してあり、カウンターに10人か15人ぐらいのひとがいた。私たちの座ったボックス席にはほとんどひとはいなかった。
メロが、
「いま誰もいないから、いまのうちにちょっと上を見にいこう」
というのでついていった。私の想像では、二階は売春宿のように、ベッドだけの部屋がいくつもあったりするんだろうと思っていたけど、その予想はちょっとはずれていた。まず階段をあがったら、扉のないジャクジールームがあって、奥にトイレ、バス、洗面台があった。ジャグジールームの前を通り過ぎるとその先にロッカーがいくつかある。ここだけはスポーツジムの更衣室みたいだ。さらに奥には部屋が4つぐらい。まず一番左に赤いライトの部屋がある。赤いライトの部屋には2台、階段状に段違いになったベッドがあって、ほかに診察台みたいのが1個あった。その隣の部屋にはテレビがあってエロビデオが流れている。エロビデオの部屋には狭い低いベッドが隙間なく4つ置かれてあった。その隣には、ベッド2つの小部屋があって、この部屋は入り口が狭く天井が低くて小屋みたいな感じだ。その隣にはブラックライトのついてる部屋があってベッドが4つ並んでいた。各部屋の間に仕切はあるけどドアはない。ベッドが並んでるところも、ベッドの間に仕切みたいなものはなかった。
うーん、なんか、やっぱ来てはいけないところに来てしまったような気がする。私はラフィの説明を聞いて「1Fで恋に落ちて2Fで結ばれる」というような、もうちょっとロマンティックなものを想像していたのだけど、ここではもうちょっと事態はロコツで、言うなれば「1Fで相手を捜して2Fでヤル」といったところだろうか・・・あんまり違いがわからないかもしれないけど。部屋全部をひととおり見終わったあと、
「一応説明しておこうと思って。っていうのは、11時になったらみんな脱いじゃうから」
とメロが言った。へ〜、みんな脱いじゃうのか、と思った。
下でロゼワインを頼んで飲みはじめた。入場料を払ったら、飲み物、食べ物は自由にとっていいんだそうだ。一角のステージでは女の人が2人、あまり気がのらなそうに踊っていた。11時近くなったら突然ひとりのおじさんが二階から海パン姿で降りてきて、いきなり目があったのでたじろいだ。ずいぶん勇気のあるひとだ、と思っていたけど、そのおじさんを皮切りに次々にひとが二階に上がっていってパンツ姿になって戻ってきた。女の人のひとりが超Tバックのパンツにブラ姿でおりて来てステージで踊り始めた。それを見て茶色のメガネに口ひげのいかにもやらしそうな紳士が彼女と踊り始めた。わぁ。こういうふうになっていくのか。
ワインを1杯飲んでちょっとよっぱらって、私がトイレに行ってきたらメロとサッコが消えていた。
「ふたりはどこいったの?」
といったらラフィが、
「ナンシー、あのな、ここは11時になったら全員、下着を残してみんな脱がなくちゃいけないんだって。もしお前が脱ぎたくなかったら俺と一緒に外に出よう」
って言った。この時点でやっと気づいた。みんな脱いじゃうのか、って他人事みたいに思ってたけど、私もはいってんのか!!
うーんと悩んでしまったけど、みんなが大して気にせず脱いでるのを見て、なんとなく雰囲気がつかめてきた。私は強がって、ラフィに
「オッケー、行こうよ」
って言った。二階に上がり、服を脱いでロッカーに入れた。カットソーだけは着ててもいい?と訊いたけれどダメだってラフィは言った。あきらめてカットソーも脱いでロッカーの中に入れた。一瞬恥ずかしかったけど、すぐに慣れた。ずっとまえ、知り合いの奥さんが地中海沿いのあるビーチでノーブラになろうとしたら家族の反対に遭ってやめた、と言っていたことがあったっけ。それを聞いて、「反対に遭わなかったらノーブラになるつもりだったのか、勇気ある!」と思っていたけど、まわりのひとがみんな脱いでると、それほど抵抗なくなるものかもしれない。
階下に行ったらフロアの一角にある舞台のカーテンが半分閉められて、男女がその中に入っていった。なんかショーをやっていたのかもしれないけど、私の席からは見えなかった。ヘタに立ち上がって、私もショーに参加するんだと期待されても困るのでわざわざ見には行かなかった。ふと気づくともう店のなかの全員が、バーテンダーに至るまで裸になっている。さっきまで踊っていた女の人たちも靴ははいてるけどセクシーな下着だけになっていた。
サッコとメロが上に、「見学に」行ってしまい私とラフィだけが残ったので、私はしばらくラフィと喋っていた。しばらくしたらさっき舞台で踊っていたスケベ風紳士がやってきて私に、
「一緒に踊っていただけませんか」
と言った。私が目で「踊んなくちゃいけないの?」とラフィに訴えかけるとラフィが、
「すいません、彼女は俺と喋ってるとこなんで」
と丁寧に断ってくれた。紳士は気を悪くしたそぶりも見せず、
「ああそうですか、すいませんでした」
と去っていった。紳士が去ったあとにラフィが、
「踊りたかったか?」
って聞くので、
「まさか」
って言ったら、
「だろ」
って彼は答えた。
だいぶ1Fのひとたちが少なくなってきた。そのうちラフィが、
「上を見に行くかい?」
って聞いた。私はまだ「見学」に行くこころの準備ができていなかったんだけど、私たちの座ってる長椅子のむこう端にすわったおじさんが気になっていた。彼は角刈りで肌が脂っぽく、いかにも工事現場のオッサン、ていうタイプ。私のことをジロジロ見てはじりじりと距離を縮めてくるのですごく不快な感じだった。ラフィに「上に行くか?」と2度目に聞かれたときにはこのおじさんがもう50cmぐらいにせまってきていたので、とりあえず逃げるつもりで上に行くことにした。ジャクジーには裸の男の人と女の人がいて、女の人はすっぽんぽんだった。金髪の女の人だったんだけど、下の毛が黒い。うわあ、ついに見てしまった、という感じだ。赤いライトの部屋にたくさんひとが集まっていて、サッコたちもそこで立ち見していた。奥に男ふたりと女の人がころがっていて、中を覗いたけど見えるのはおとこのひとの背中だけだった。
別の部屋をみたら、「始まってる」ところはどこもなかった。ラフィが、
「ちょっと座ってアダルトムービーでもみるか」
と言った。私は実はもう下に降りたかったけどラフィがついてきてくれないとこわいのでエロビデオの流れてる部屋に座ってビデオを見た。画面のなかでは女の人が女の人のアソコにキスしていて、そのひとに男が後ろから襲いかかっていた。無修正である。そのビデオはいいとしても、さっき席の端にいたおじさんが私のあとを追って私の隣に来て座ったのでまた不愉快になった。私がベッドの上に座ったんで「始まる」んじゃないかと期待した男たちがぞろぞろと移動して来た。さらに居心地が悪くなった。
1本ビデオが終わって、
「もう下におりるよ」
って階段にむけて歩きだしたら、さっきのスケベ紳士とすれ違った。紳士はラフィに何か言ったようだった。なんていってた?って聞いたら、
「彼は奥さんと来てるらしいんだけど、カップルに見てもらいたいんだって。行ってみるかい?」
と言われた。私らカップルってわけじゃあないんですけど、と思いつつ、
「パートナーの交換とか期待してるんじゃないの?」
って言ったら、
「さぁな、そんなことないんじゃない?」
とラフィが言うので、行ってみることにした。
ベッドが2つある部屋で彼らは始めようとしていて、まわりに男たちがたくさん集まっていた。彼らは見物人たちがぞろぞろ来るのをイヤがって、私たちとメロとサッコしか部屋に入るのを許さなかった。私が部屋の角に陣取って枕を抱え、さあ始めてくれ、と思って見ていたら旦那はいきなり奥さんの股ぐらに顔をつっこんだ。うわ〜、いきなりかぁ。色気も素っ気もないなあ。彼はしばらくぺたぺたと奥さんをなめまわしたあとおもむろに顔をあげ、
「よければキミにこれをしたいな」
と私に言った。わぁやっぱり!!
ラフィの顔をみたら、
「僕らこういうとこは初めてなもんで、ちょっと慣れないから参加はできないんですが」
と言ってくれた。紳士はちょっと残念そうにして、
「そう。それじゃここはちょっと暑すぎるから他の部屋に行くよ。ほかの客が続々と集まってきちゃったしね。しかし君たちほんとに初めてなの。どこから来たの?」
と聞いた。ラフィがアメリカだよって言ったらああそう、それじゃ楽しんでね、といって出て行きかけて、
「キミも、もっとリラックスして楽しむといいよ、キミはキレイだから、そんなふうに枕で隠したりしないで。きみ、国はどこなの?」
と言った。日本の名誉のためにほんというと正直には答えたくなかったけど、かといって中国、とか韓国、とか答えるのもそれらの国の方々に申し訳ないので、
「わたしは日本」
って正直に言ったら、
「日本にもこういうところはあるかい?」
って聞くので、
「さあ」
って答えた。スケベ紳士が私にキスを求めたので、気持ち悪かったけど両頬にキスしてやったら、
「ノノノノ、ベルギーではふつうキスは3つだよ」
といって唇を指さした。さきほどまで奥さんの股ぐらにつっこんでたその顔の、その唇にチューすんのか!?私がこおりついてたら、ラフィがかわりに、
「すいませんね」
と言ってくれた。
そのあとメロが、赤の部屋の入り口に立って、
「こっちになんかいるからおいで」
と呼ぶんで赤の部屋を覗きこんだ。中には誰もいない。ふと気づくとまわりをサッコとメロとラフィにかこまれていてなんかこわい感じ。下に戻るよって言ったらメロが、
「ナンシー、よくおきき。ここは誰も来ない。扉を閉めてしまうから安心だ。誰もキミに指一本触れられないよ。僕たちだけしかいない。ラフィと一緒にここでのんびりすればいいんだ」
といって通せんぼをした。やられた!というか、ヤラレル!と思った。
すがる思いでラフィを見て、
「下に行きたいんだよ」
って言ったけど、ラフィもこのときばかりは、
「何にもしないから心配すんな。こっちおいで、一緒にゆっくりしよう」
って言って部屋の奥のベッドに座った。万事休すだ〜!!でも囲まれてて、頼れるのは「何もしないよ」っていってるこの男しかいないのだった。
「俺を信用できないのか?」
ってラフィが言う。
「ほんとに何もしない?」
って言ったら、
「お前がいやがることはしないよ。肩もんでくれよ」
って言った。
そういえば今朝ラフィが「肩がこった。肩もみできるか?」っていうからちょっともんだりたたいたりしてあげてたのだった。それだったら別にいい。ちょっとそんなことでもして様子をみよう。私が背中をたたいてあげるとラフィは、
「あぁ、あぁ、イイ。もっと。お願いもっと。イキそう」
とか言った。それを聞きつけてほかの男たちがぞろぞろっとやってきて、
「ここのひとたちは何してる?」
ってきいたらしい。入り口のへんにメロとサッコが立ってなりゆきを眺めてたんだけどメロが、
「肩たたき・・・」
って力無く答えていた。そのうちラフィが、反対側もやってくれ、っていってお腹を指さした。それはダメって言ってしばらく背中をたたいていた。
ラフィに、
「こんなとこで、私はその気になれないよ。肩もみ終わったら私、下に行くよ」
と言った。ラフィが、
「下に行く?それとも出る?」
と訊いたんで、
「出るよ」
って言ったらラフィは、
「いいよ」
って答えた。
そのころにメロがじりじりっと寄ってきて、
「ナンシー、ラフィが終わったら僕もマッサージしておくれよ」
と言ったけど、このひとは目が血走っていてなんかホントにあぶなそう。
「ラフィの背中があんまりでっかいから私もう疲れちゃった。私外に出て待ってるよ」
といって部屋を出た。メロはあきらかに落胆した顔をしていた。ロッカーで服を着ていたらさっきの股ぐら紳士がやってきて、
「君たちほんとにはじめてなのこういうところ」
っていった。そうだって言ったら、
「好きじゃなかった?」
って聞くのでラフィが、
「いやまた機会があったら来ると思うよ」
って答えた。何しにきたんだろうあいつ、と思われたんだろうな。
ここについたのが10時半で、出てきたのが12時半だったからきっかり2時間いたことになる。車に戻ってもラフィはあいかわらずシモネタを喋っていた。さっき赤い部屋に閉じこめられたときはメロが彼女とヤリなよってそそのかしたんだ、と彼は言った。
「でも俺は強制するのは好きじゃないからな」
と言う。ラフィだって私を部屋から出してくれなかったんだから、メロだけ悪者にするのはどうかなと思ったけど、まあしつこくされなかったし、私が帰りたいと行ったらほんとに一緒に出てきてくれたから大目に見ることにした。
ドイツで南京虫にさされた跡をひっかいていたら血がにじんできた。ティッシュで押さえていたら、ラフィが、
「なにやってるんだ」
と訊いた。かいてたらカワむけて血がでたって言ったら、
「おまえはほんとに子供だな。もうちょびっとぐらいむいといたらどうだ。治りがはやくなるから」
といった。ぶっきらぼうだけどこまやかで面倒見のいいひとだ。あと(せめて)50キロぐらい痩せてたら、好きになってしまったかもしれないな、と思った。だからといってこんなところでそんなことするのだけはゴメンだけど。
30分ぐらい喋っていたらメロとサッコが帰ってきた。メロについては、さっきちょっと強制されるみたいな感じになったんで少しこわかった。それに、ああいう店があるということ自体もショックだったから、ちょっとブルーになっていた。あれっていうのは、たぶんヨーロッパの都市部なんかではごく普通の性風俗サービスのひとつなのかもしれないけど、私は日本でも性風俗関係の店に踏み込んだことがないんで、免疫がなさすぎたのかもしれない。私が黙りがちになったら、ラフィは私の機嫌をそこねたかと心配したみたいだ。私を喋らせようとしてすごくからんだ。最初は私をからかったりしてるだけだったけど、そのうち俺によりかかって眠れって言ったり、俺の頬にもキスしろとか、あのおやじにしてやって俺にはできないのか、とか。それで、あんまりうるさいのでチュっとしてやったら急にふりむいて私の唇を奪おうとした。
メロんちに着いて、私がいつものように床に敷いたクッションのベッドで寝ようとしたらラフィが、
「今日はこっちで寝ろよ」
って声をかけた。あんたはイビキがうるさいでしょ、って言ったら、
「俺がいびきをかき始めたら自分のベッドに戻っていいからさ」
とネコなで声を出している。ほっといても寝てくれそうにないんでラフィの部屋に行ってベッドの脇に腰掛けて言った。
「今日のことは、ちょっとショックで自分でもどう受け止めたらいいのかわかんないんだ。できたらひとりになりたいんだよ。誰かが近くにいるだけで動揺しちゃうんだ」
と言うと、彼はやっと私が彼らの態度に怒ってるわけじゃないってことがわかって安心したみたいだった。ラフィは、
「そうか。ナンシー、お前は強い女だな、お前は誰が自分を傷つけるか、何が自分を傷つけるか自分で見極めることができるんだな」
と言った。そのときは、私自身が動揺してしまってひとの気持ちを考えられるほど余裕がなかったんだけど、あとから考えるとラフィはほんとに最初から最後までベビーシッターで、おまけに私の機嫌の心配までさせて、申し訳なかったかな、と思った。そして、ラフィはあの図体だけど、意外に繊細なんだな、と思ったのだった。
* * *
この話をずっと書かないでいたのは、この話を書くことで、彼らの親切の印象がすべてこわれてしまう心配があったからかもしれない。でも私は彼らが下心で親切にしてくれたとは思ってないし、あの店については私がやっぱりウブすぎたんだと思ってる。私はショックを受けた時点でもう見ることも知ることも拒絶してしまったんだけど、いまから考えれば、好奇心で行ったからにはもうちょっとよく覗いてくることもできたんじゃないかと思う。でもまあ、あれ以上いたら無事には出てこれなかったか。
アメリカに行ったら、彼らにまた会うつもりだ。それどころか、彼らの家にお邪魔するつもりでいる。懲りないねえと思うかもしれないけど、まあ、ちょっとだけ注意しとく。危ないと思う?まあ、今度は変なところにはついていかないようにするから。
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