怪談  ※ そんな怖くないかもしれないですが苦手な方は読まないで。


 「加藤茶が死んだって知ってる?」

 これがいま、海外をふらついている旅行者の間でまことしやかに語られている噂だ。

「志村と飲んでて泥酔して車にはねられたんだって。」
「手にはおみやげの寿司折りもってたんだって。」
「禿げヅラかぶってステテコはいてたんだって。」

 どこがまことしやかかって?うん、実は全然まことしやかじゃないのだ。ダマされたひともだいたいこのへんでウソって気が付いてきて
「金ダライが落ちてきて、それが致命傷になったらしいよ」
なんて尾ひれをつけはじめる。

 頻繁に海外を出歩いてるひとだと、この手の噂は毎回聞いていて、
「僕、一昨年出てたときはいかりや長介でしたよ」
「あ、オレ一昨年旅行してたときは志村けんだった」
なんて出て来るわ出て来るわ。でも誰に聞いてもドリフばっかり。それってなぜなの?誰かドリフに恨み持ってるの?と思いません?

 ミャンマーに入って数日。バスでバガンという遺跡の町にたどりついた私は、町で見かけた日本人旅行者数人とレストランに入り、こんな話で盛り上がっていた。ところが、レストランがちょっと暗かったのがいけなかった。こういうおちゃらけた話が、いつしかどうもいやな方向に傾いていた。

 「そういえば小学生の頃よくはやりましたよねー口裂け女とか」なんていう流れになり、それが「ドラえもんの最終回!」「ありましたねー」になり、「サザエさんの最終回!」「ああそういえば」になり、最終的に完璧な怪談になるのにそんなに時間はかからなかった。
 幽霊とか、信じてるつもりはないけど、私はとっても臆病なのでその手の話は苦手だ。だからそういう話になってほしくなかった。けどその晩は当たり前のように話が流れてそういう話題になってしまったのだった。

 私が聞いてホントに身の毛もよだった話はコレだ。
「インドでは今でも見せ物小屋があって、カルカッタなんかで呼び込みやってるんだって。それで、あるひとが試しにそこに入ってみようっていうんで行ってみたんだってさ。そしたら黒髪に色白な肌の女のひとがイスに座らせられてたんだって。
 その女のひとは手も足もなくって、首輪をつけられてるんだって。で何か言いたそうにお客の方を見てるんだけど、声もつぶれてて舌も切れてるみたいでウ〜ウ〜言ってるだけなのね。でもね。よく聞いてみたら『日本大使館に連絡してください・・・日本大使館に連絡してください・・・』って言ってるんだって。」

 ごわ゙い゙。これはもうインドなんかを旅行してるひとには定番のホラ話でだいたい日本人が集まると必ず出るたぐいのものなんだけど、いかにもいわくありげな仏教遺跡てんこ盛りのうえ、停電頻発のこの町にひとり旅で泊まってる超臆病者の私が、夜、宿に帰って寝る前に聞くにはあまりにも恐ろしすぎた。

 特にこの町についてはどこかのホームページで紹介されている幽霊バナシを不覚にも読んじゃったことがあったし、もういつベッドの陰から手足のない女の人がはいずり出てくるかと思うと眠れたもんじゃなかった。部屋中の電気をつけてもまだ足りなかった。

 ミャンマーは交通事情がよくなかったり、旅行ビザの日数が約1ヶ月と限られていたり、軍事政権が旅行者の行ける範囲を制限したりしてるせいで、多くの旅行者は同じルートをたどるため、行く先々で同じひとと会う。私は運悪く、この怪談をしてくれた坂本さんと行く先々ではち合わせ、そのたびにこわい思いをすることになった。この場を借りてひとこと言わせてもらいたい。かなり恨んでいますよ坂本さん。


相当怖がらせてくれた坂本さん

 日本でも夏になるとかならずやる(しかも決まって稲川淳二が出てくる)恐怖体験特集番組みたいなやつではホテルの怪談がつきものだ。旅行者は土地の事情をよく知らないで歩いているから、ここで何があったかわからないぞっていう恐怖感と常に隣り合わせでいる。どこの町に行っても旅行者は、ここのホテルは大丈夫だろうか、ってちょっとぐらい思ったりしながら泊まっているのだ。

 ひとの話によれば、「出る」ホテルは部屋に入った瞬間に「わかる」んだとか。なんとなくいやぁな感じがして、泊まりたくないなぁって思うんだそうだ。私は霊感があるほうじゃないけど今までに1回だけそういうところに泊まったことがある。

 この話は、私を怖がらせた坂本さんが「それ怖いっすねー」とホメてくれた実話だ。実話っていうか、別に何が出たわけでもないけどそういう感じがしたホテルがありました、という話なので眉にツバつけて読んでもらえば幸いです。


ユタのひとつ星

 多分このホテルは私が人生で泊まった最初で最後の「黒の1つ星ホテル」となることと思う。その印象はまさに「黒星」と呼ぶにふさわしいものだった。

 「星」ってなにかというと、それはアメリカのAAA(トリプルエー)っていう、簡単に言うと日本のJAFみたいなロードサービス会社による格付けだ。AAAはアメリカ全土を網羅した詳細なガイドブックとロードマップを、加入者に無料で提供している。AAAはJAFと提携しているので、日本のJAFに入っているひとは会員証を持っていくとAAA会員と同じサービスが受けられる。私はアメリカを旅行するときは、JAFに入会して必ず会員証を持ってAAAのオフィスに行き、ガイドブックをもらうことにしている。

 AAAのガイドブックには各地のホテルがぎっしり紹介されていて、それぞれハイシーズン料金はいくらか、とか、オフシーズンはとか、立地がどうとか、設備はとか、事細かに、かつ簡潔に書かれていて、それぞれに独自の評価方法で黒のひとつ星◆から赤の5つ星◆◆◆◆◆までの10段階の評価を与えている。

 さきおととしの夏、アメリカの西部を会社の同期S山田と先輩のO谷さんの3人でドライブ旅行していたとき、ユタ州のある町で私はキッチンつきの部屋を探していた。そのときは2週間の旅行だったけれど、誰かが日本食が恋しくなったときのため、3人前のお米と、「鍋で煮るだけでゴハンができる袋」を持って来ていた。旅も終わりにさしかかり、持って帰ることになるのもなんなので、そろそろ自炊したいと思っていたのだ。

 旅の10日目くらいにあたるその日泊まるあたりにある宿で、キッチンがあるのは2軒だけ。1軒はたしか、黒か赤の星が2個◆◆くらいはあったはずだと思う。でも電話するとキッチンつきの部屋はあいにくふさがっているという。しかたないのでもう1軒に電話し、前夜のうちに予約を決めた。黒のひとつ星◆だということも気づかずに・・・

 ここのオーナーは英語があまり話せないインド人で、鍋を貸してくれといってもフライパンを持ってくるし、(でも持ってわざわざ部屋まで来てくれるんだから実はいいひとかもしれないんだけど)、何か話しかけるとすぐ「私は英語はわからない。アーユーハッピー?ノンプロブレム?オーケー?」といってごまかすおじさんだった。

 翌日到着して部屋に通されると、そこは長い部屋と小さい部屋がL字型に並んだ形で、間に扉が一枚あり、長い部屋のほうにバス・トイレとキッチンがついていた。キッチンには換気扇と鍋のたぐいが全然なく、引き出しにスプーンが1個あるだけで、床も片側沈んでいる。
 バスルームの窓の外に生えている木にはなぜかトイレットペーパーがひっかかって気持ちよさそうに風にそよいでた。けど木の枝の様子なんかがいかにもブキミで見てるこっちとしては気持ち悪いったらなかった。


見取り図

 長いほうの部屋にはベッドが二台と、ガチャガチャ式のチャンネルのついたテレビと、それから古ぼけた鏡台が置いてあって、長い絨毯の毛足はすっかりくたびれてつぶれているし、におい消しの香料がいやに鼻についた。

 小さい方の部屋には1台のベッドが置いてあって、こっちの部屋は長年使っていなさそうな雰囲気。宿のおじさんが支度してくれるまでベッドにシーツすらかけてなかったし、窓があるのにおそろしく暗い。

 男ふたりと女ひとりの3人連れなので小さい方の部屋のベッドに寝るとしたら当然私だ。でもなんか、イヤな感じがして「どっちかこの部屋で寝てくれない?」って聞いたらO谷さんもS山田も顔を見合わせてしまった。O谷さんが試しにベッドに横たわってみて、「寝てるとそうでもないんだけど、起きあがると・・・いや、なんか足の方がスースーしてやだなぁ」って言った。

 小ベッドルームと長いベッドルームと廊下に囲まれた一角は、ごく当たり前に考えて1個部屋があるはずだ。でも小ベッドルームの足下の扉には鍵がかかっていて開かないようになっている。ここって何なんだろうねえ?3人の中に霊感があると自負しているひとはいなかったけど、長い部屋と謎の一角の間にあるクロゼットはなぜかどんよりとした雰囲気があって開けるのにとても勇気がいった。

 しんみりと夕食をとってたらそのときもやっぱり流れ流れて怪談になってしまった。S山田の大学の先輩がバイクでこけたときに、「アスファルトの上をスリップしながらも意地でハンドルにぎってたら、崖のむこうで青白い顔したひとがオイデオイデをしてたんだって。あわててハンドルからぱっと手をはなしたらバイクだけ落ちていったんだと」なんて話も出た。こうなるともういけない。誰かがこの小さい部屋で寝るなんてとても考えられなくなっちゃった。

 どうしてこんなに気持ち悪いんだろうね、って、やめときゃいいのに夕食が終わったあとナゾの部屋の周りをよく見てみることにした。そしたら、小さいベッドルームの足下の扉には開かないようにナナメに釘で打って、その後引っこ抜いた痕があった。謎の一角の廊下側の扉にはペンキを塗ったあとがあるんだけど、一度も開けた形跡がなくて扉と壁の間の隙間に、塗ったペンキがそのまま固まっていた。あかずの間だった。

 トリハダがたってしまったので、この夜、私たちは大ベッドルームの2つのベッドをくっつけて川の字になって寝た。おそろしくてトイレに起きる気にもなれなかった。膀胱炎になってもいいから今トイレ行くのだけは勘弁してくれと思った。夜中に何度も目を覚ましたけど、早く眠らせてくれーと祈るようなキモチで朝を待った。

 朝6時頃に目を覚ますとO谷さんもS山田も起きていて、恐怖に耐え抜いた疲労で目の下真っ黒にしたまま、無事生き延びたことを喜び合った。でもそのあとO谷さんが、ぼそっと「どっちか夜中にトイレ起きた?」と聞いた。私もS山田も首を振った。O谷さんが言った。「明け方にカギ落とすような音が聞こえたんだけど」

 見てみたらカギは鏡台の上にあった。いろいろなところに、いろいろな高さから、部屋のカギや車のカギを置いたり落としたりしてみて試したらO谷さんが聞いた音はまぎれもなく鏡台のうえに部屋のカギを置いた音だったそうだ。鏡台はナゾの部屋の壁に沿って置いてあった。

 出かけるときにインド人の主人に「あの部屋で何かあったんじゃない?何か知らない?」と聞いたが、「何か問題あったか?アーユーハッピー?」とごまかされた。

 早朝命からがらチェックアウトした私たちは次のように推理した。
 あのインド人オーナーは、英語力からしてあのホテル設立当初からの持ち主ではないんじゃはなかろうか。小ベッドルームと廊下の位置関係から順当に考えて、ナゾの一角にはバスルームがあるに違いない。おそらくは、そのバスルームで自殺か殺人事件があって、「出る」ようになっちゃったので前のオーナーはホテルをたたんで逃げだし、それを破格で買い取ったインド人オーナーがはじめてあの部屋に客を入れた。それが私たちだったんではないかと。

 いまでもユタの片田舎シーダーシティにあるZion Innでは「彼」は夜毎鏡台にカギを置いて小部屋のベッドに横たわっているのであろうか。


 いかがでしたか。

 今もこんな夜中にこんな話を書いていると「この部屋で死んだひとの霊」とか「このホテルが建つ前にここにあったお墓に埋められてたひと」とかがひょっこりあらわれるんじゃないかと思うと私は不安です。

 S山田の先輩のバイクの話は今夜もっとも思い出したくない怪談のひとつでした。昨日はせっかく電気を半分消して寝られるところまで回復したんだけど今日これを書いていたら余計な怪談までもー全部思い出してしまった。くやしいから読者のみなさんにもこの怖さを分かち合って頂きたいけど恨まれるとやなのでもうこれくらいにしときます。「私もこういう噂を聞きました」とかいうメールくれるのだけはやめてくださいね。ほんと泣きます。
 今夜からまたしばらく電気をつけて寝よう。ナンマンダブナンマンダブ。

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