でっかいさんかくのまうえから
   おとといの夕方だったと思う。外を歩いて戻ってきたら彼、梁井(やない)くんがが受付にいて、まるで知り合いに会ったみたいに私に、
「いまいやな目にあっちゃった」
っていった。
「どうしたの?」
ってきいたら、
「部屋代を払ったときに1泊分ちょいのお金をごまかされたみたい」
って彼が言った。あやしいことがあるんだったら通訳とかちょっとヘルプしようか?って聞いたけど彼はそれ以上追及しないで「まあいいや」って言って受付の前のソファに座ったんで、私もちょっと座って話しこんだ。彼は九州の鉄道会社で駅員として働いてるひとだった。かなり休暇に融通のきく職場にいるもんで、年に2回2週間ぐらいの休みをとって旅行したりしてるんだそうだ。今回はその2週間でイスラエルとヨルダンとエジプトを旅行中なんだって言っていた。


カラフルな衣装もゴージャスな
スーフィーダンス(無料)
 私が最初っから彼に親近感を覚えてたのは、多分、彼が私の勤めてた会社の後輩にそっくりだったからだと思う。そっくりというと言い過ぎかもしれないけど、雰囲気がよく似ていた。私が迷っていたときに、いま出発したほうがいいんじゃないかって背中を押してくれた後輩だ(「旅のきっかけ」参照)。彼は彼で、知り合いに私としゃべり方がよく似たひとがいるらしくて、なんか話がはずんで、その日一緒に晩ごはんを食べて、翌日は一緒にスーフィーダンスっていう、ここらへんの名物の、男のひとがスカートみたいのをはいてくるくる回るダンスを見にいくことにした。

 さてその日ダンスを見にいく前にホテルの近所のレストランにごはんを食べに行ったんだけど、そのレストランにたまたま、私たちの泊まってるホテルの上の方の階のサファリ・ホテルに泊まってる男の子が食べにきていた。

 サファリ・ホテルって、世界各地を旅してるスジガネ旅行者があつまってることや沈没旅行者が多いんで有名なところだ。私が情報ノートを読みにここにお邪魔したときに3ヶ月ここに泊まってるっていうひとと喋ったんだけど、実はそのひとはまだまだ序の口で、後日7、8年ここに泊まってるっていうひとにも会った。最近じゃあ私自身が長いほうの旅行者になってきたので、日本人宿にも沈没旅行者にも慣れてきたけど、もし最初の頃にここを覗いたらやっぱちょっとひいてしまったかもしれない。ひとから聞いたとこではここに泊まってるひとがメインになって、ときどきピラミッドに登りに行くひとたちがいるというんで、さすが長期旅行者には物好きもいるもんだなあと、他人事と思って私はきいていた。

 さてところが他人事はひょんなことから自分の身の上にふりかかるもので、このレストランで会った男の子が、私たちを日本人とみると突然、
「今晩どうですか」
って声をかけた。今晩どうですかっていうのは、ちょっと誤解を受けそうなお誘いだけど、もちろんほかでもない、今晩ピラミッドに登りませんかっていう意味だ。ピラミッドっていうのは、安全のためだか遺跡保護のためだかで、十数年だか二十年くらい前から登るのが禁止になってると聞いてる。昼間に登ろうとするとツーリストポリスが来てひきずりおろされるので、ツワモノ旅行者のひとたちは夜中に登るのが定番らしかった。私は先日イスラエルでマサダ山にのぼり、たった1時間で翌日すっかり筋肉痛になった軟弱さに加え、このまえピラミッド観光にいって馬に乗ってから馬アレルギーと風邪で喘息寸前になっていたのでピラミッドに登るなんてとんでもない、と思った。それにまもなく帰国する予定で仕事もある梁井くんがよもやこの話しに興味を示すことはないだろう、と思ったところがとんでもない。ふと覗きこむと梁井くんの瞳は星のように輝きはじめていた。さあお立会い。

 梁井くんの今回の旅行はイスラエルのエルサレムと、ヨルダンのペトラと、エジプトのピラミッドを見るっていう目的があって、それを今日までに果たしたからもう悔いはないって言っていたけど、彼の帰国までにはまだあと明日一日あって、それを何の観光にあてようかって彼は考えていたとこだった。ピラミッドに登るなんて思ってもみなかったことだけど、登れるものなら登ってみたい。彼の胸はピラミッドの天空を吹きぬける風でいっぱいになってしまったようだった。

 ダンスを見終わってアイスを食べながら戻ってきたら梁井くんはもう決心かたくなっていた。サファリホテルに打ち合わせに行く前に彼は、
「行かんでよかと?」
と、ばりばりの九州弁でさそってくれた。喘息っぽくなるとしばらくはきついことはできなくなっちゃうんだよなぁ。とはいえ、誰かが登りにいくというのに指をくわえて見送るというのもつまらない。
「私も見るだけでもついていってみたいな」
って言ったら、彼はよしきた!とばかり打ち合せに行き、しばらくして戻ってきた。人数は私をいれると日本人3人に韓国人の男の子とスロベニア人の男のひとの合計5人になったらしい。通常こんなアホなことを思いつくのは日本人だけなんで、この企画に2人も外国人が入ることは珍しいそうだ。私たちは明朝4時にサファリで集合することになった。

* * *

 朝っていうか真夜中。仕度をすませてロビーに出たらまだ3時半だった。ポケットには11ポンド。万一ツーリストポリスにつかまった場合にあまり多くお金を持っているとバクシーシとしてまきあげられてしまうからだ。カメラには、やっぱり万一の場合にとりあげられてもいいように容量の少ないほうの2メガのスマートメディアを入れてきた。それも、遺跡で不正に写真をとるとフィルムだけ取り上げられることがあるって聞いていたからだった。梁井くんは寝坊したらしく少し遅れて用意を済ませて出てきたけど、ぎりぎり約束の時間にはサファリ・ホテルまで階段をのぼった。私は6階まで上がっただけでもう血のにおいのする息が出た。やっぱりピラミッドに登るのは私には無理だ。・・・そう思いながら、頭の片隅に「やっぱ登ってみたい」っていう欲望がふくらむのも私は感じていた。


左から梁井くん、私、ミラン、ヨン、大輔くん

 今日の発起人は昨日声をかけてくれた大輔くんだ。サファリでは準備万端で彼が待っていた。順に隣のホテルからスロベニア人のミランと韓国人のヨンがやってきた。サファリではまだ起きてるひとたちがいて、頼んで全員の記念写真をとってもらう。サファリのひとたちに見送られて宿を出た。タクシーに乗るときにヨンが私に助手席をすすめてくれたんでお言葉に甘えて乗ったものの、後ろの席は男4人でえらいきゅうくつそうだ。大輔くんは、発起人としての責任感からか、なんかちょっと緊張しているみたいに見えた。彼は、
「ポリスが撃ってきたら抵抗しないようにね」
とか、ちょっといらないんじゃないかと思う心配までしててなんか愉快になってきた。

 まずはピラミッドの近くの立派なホテルの前について、タクシーをおりたら、運悪くすぐ先に交番があった。警官が出てきて、
「おまえたちこんな夜中にピラミッドになにしに行くんだ」
ときかれた。こんなところでつかまってちゃはじまらない。ホテルに帰るんだといって大きいホテルのほうに戻るふりをした。ホテルのゲートの前で腰掛けて様子をうかがったけど、どうやらここを突破することはできないみたいだ。困っていたら別のタクシーに声をかけられ、裏道に案内してくれるよう話をつけた。

 裏道というのはこのまえ馬に乗って通った道だった。ピラミッド地区への壁をのりこえるとき、私だけが腕の力で壁を越えることができなくてみんなに助けられた。やっぱこれじゃ登れないよなあ。そのあと壁づたいに移動したんだけど、みんなでコシを低くして、真面目な顔して「シーッ、静かに!急げ!」とかよく響く声で言い合ってるのが、まるでドリフの忍者ものみたいでとってもおかしい。

 この道からピラミッドへの行き方は、まえにピラミッドに来て馬に乗ったことがあるミランと私だけが知っていた。ここは墓地を通る道だ。ひとさまの墓のうえを真夜中に歩くのは精神衛生上すごくよくないけど、それはまあいいとしよう。いまから行こうとしてるピラミッドからしてひとさまの墓なんであるからして、そこにいきつくまでに何人の墓を踏み荒らしたところで1人たたられるも100人たたられるのも一緒だ。それはいいとしても(ほんとはよくないが)、このあたりはやたら野犬がいて、ふと気づくと進路をふさがれてたりするのがまたおそろしい。大輔くんが「犬はかまないから大丈夫」とかって気休めを言ったけど、そうかな〜、そうは思えないけどな〜と思った。だってこの時間に大勢の人間にナワバリをうろつかれたら犬もナーバスになるだろうし。私は、狂犬病の注射打ってるから狂犬病自体については大丈夫かもしんないけど、どっちにしたって噛まれたら痛いし、梁井くんなんかはすぐには仕事に戻れなくなっちゃうだろう。

 曇ってるせいか空がもう明るく感じた。これじゃすぐみつかってしまうだろうから彼らも登ることはできないだろう。野犬を避けて迂回しながら、ちらっとだけ、ピラミッドの頂点に立って「ここまで来れるとは思ってなかった」って言ってる自分の姿を想像してみた。いやいや、そんなことはありえないな。砂地に出て、石切り場を遠回りして歩きながらやっとピラミッドについたときにはかなり体力を使い果たしていた。

 私はここでもう一度決断に迫られた。実はさっき来る途中のタクシーんなかで、
「私は見てるだけにして、下で待ってようと思うんだ」
って言ったら大輔くんが、
「下で待ってるとポリスに見つかりやすくなるし、一度ふりきって登り始めちゃえば追いかけてはこないから、ゆっくり1時間かけても登ったほうがいいよ」
って言ったので、そうしたほうがいいかも、とも思いはじめていたのだ。私が残っていたせいでほかのひとまで見つかって、彼らが途中で降ろされてしまったら申し訳ないって気もした。お墓を歩いてるあいだに息切れしていたけど、息から血のにおいはしなくなっていた。とりあえず登ってみっか?全員で円陣組んで手をあわせ、気合いれてからそれぞれ最初の岩に手をかけた。

 登り始めると、最初の数段はちょっと高い段だったけど、彼らがさっさと行ってしまわず手伝ってくれるようだったので本気で登る気になってきた。
「先に行っていいよ」
って言ったけど、ヨンが、
「置いてはいけないよ」
ってずっとうしろについててくれたので、「ここでやめとく」ってわけにもいかなくなってきた。

 気がつくと私も膝ついてぐいぐい登っていた。最初の数段をクリアすればあとはほとんどが50cmか80cmぐらいの登り易い段差だ。表面がくずれてるから高い段でも足場はやすやすとみつかった。50mくらい来たところでつかれて一旦とまって水を飲んだ。ハイペースで登ってたので大輔くんが、
「けっこういいペースで来てるけど急ぐことないから落ち着いてね」
ってみんなに声をかける。こんときにヨンからちょっとこわいエピソードをきいた。3年前に日本人の女の子が登ってる途中に落ちて死んでしまったんだそうだ。ひえ〜だからピラミッドなんか登るもんじゃないって言うんだよ〜。

 梁井くんがちょっと遅れていたから、彼が来るまでに少し休み、それからまた出発した。ちょっと高い段を気合いれて上った瞬間、モモの後ろがびっと音をたてた。どうやらこの旅に出発したときからはいてた綿パンのもものあたり、このあいだから薄くなって気になってたとこがやぶけたらしい。うしろから来てるヨンが気になった。

 さらにかなりのぼって100mぐらいまであがったと思う。でもここでまたひとやすみしたら梁井くんがずいぶん低いところにいることに気づいた。しかも彼は一段のぼるごとに下を見てすごいナーバスになってる様子。私たちが止まってるのを見て彼は少しペースをあげたみたいだったけど、声をかけても、
「あぶないねー。風が強くて」
って言ってる声がなんとなく力ない。ここへ来るまでの墓場とかでも2回もつまづいてたちょっとそそっかしい彼だ。どうやら岩に顔をぶつけて、そのあと恐怖感が増してしまったみたいだ。昨日彼とモスクの尖塔に上ったときに、実はちょっと高所恐怖症あるんだって言っていたのを思い出した。

 かなり近くまで来たけど、彼はもうとても先へすすめそうにない感じ。私は少し降りて彼の様子を聞いてみた。そしたら、
「明るくなってまわりの風景がうかびあがってきたらもう降りられなくなりそう」
って彼は言った。上をみたらまだ50mくらいありそうな気もする。キムが言ってたことをふと思い出した。彼のいとこが大学の単位のために必要で、ジャングルジムみたいなものをのぼったとき、そこはほんの10mかそこらの高さだったのに、いとこは青くなって話しかけても反応がなくなってしまったんだそうだ。高所恐怖症って、感じないひとには理解できないけど、実際に感じるひとは、しっかりした足場の上に立って手すりとかをにぎっていても、まるで自分が手すりにぶらさがってるみたいにすら感じるんだってきいた。

 100mも登ってきてそんなふうになったら、自力でおりることはできなくなってしまうだろう。私は彼と一緒に降りるべきなのかもしれない。私がほかの3人にそう告げると、ミランが、
「きみはもうほとんどいいとこまで来てるじゃない。登れるよ」
って言ってくれた。でももし梁井くんをひとりでほっといて、彼が平静を失っておちたりしたらピラミッドの思い出は一生の悔いにしかならないだろう。私は彼に付き添って降りることにした。


クフ王のピラミッドの中腹から見た
カフラー王のピラミッド
 ところが降りはじめたら上で手をうつ音がする。見上げると3人がこっちに手をふっている。頂上まではあとちょっとだったんだ。足の長いミランがいかにも楽勝そうにするするとおりてきて、
「行こうよ。頂上まで5分だよ。」
って言った。日の出まではまだ少し時間がある。梁井くんのほうをみたら、
「僕はいいから行っておいでよ」
って言ってくれた。目とハナの先に頂上がある。私はちょっとだけ欲ばりになって、頂上の石を踏んでみたくなった。

彼に、
「すぐ戻って来るよ」
っていったらゆっくり頷いて、
「少しずつおりてるから」
って言った。私はミランについて、注意深く足場を選びながら頂上にあがった。頂上まではホントにほんのひといきだったんで、梁井くんがこれなかったことが残念でしょうがない。でも無理したら命にかかわることだから、それは考えないほうがいいんだ。

 頂上にたどりつくとほかの3人が歓迎の拍手をしてくれ、4人で手をとりあった。飛ばされそうってほどじゃないけど風がびゅるっと吹いて、服をはためかせていく。やってやった〜って気持ちがぷわっと胸のなかでふくらんだ。子供の頃「なるほど・ザ・ワールド」とかで見たピラミッドの上にいるんだ。あの上にいま立ってんだ!
「ここまで来れるとは思ってなかったよ」
ってクチに出して言ってみたら大輔くんが、
「喘息どうなった?」
ってきいた。あれっ喘息?息もほとんどあがってない。
「ピラミッドパワーあるから」
って大輔くんが笑って言った。私は急にピラミッドパワー信じたくなってきた。でも、それどこじゃないや。私は証拠の写真をとってから、すぐに降りる態勢にはいった。

 みんなが「日の出みなくていいの?」って言ってくれたけど、梁井くんは今も恐怖とたたかいながらひとりで降りてるんだ。彼をひとりにしといちゃいけない。そう思ったのは、彼が後輩に似てるせいもあるだろうけど、それだけじゃなく、もし私が高所恐怖症になったら、彼は絶対私と一緒におりてくれたにちがいないって思ったからだった。彼らに、
「もしつかまっちゃったらポリスステーションで会おうね」
って約束し私はひとり、梁井くんを追ってくだりはじめた。

 慎重に足元を確かめながら梁井くんとこまで下ったら彼はまだほとんど降りてなくて、
「頂上は近かったと?」
って聞いた。
「うん。すぐそこだった。行きたい?」
って念のためきいたけど彼は、
「いや、もうここまで登ったし、コレ以上は」
っていった。

「じゃゆっくり下りようか」
って彼を先導しておりはじめた。私にはなんでもない風が、彼にとってはほんとに致命的に強い風に思えるみたいだ。彼は一段おりるごとに地上との距離をはかって恐怖をこらえてるようだった。
「地上をみないで、1段下に降りることだけ考えて」
ってアドバイスしたら彼は少し落ち着いて順調に降りはじめた。途中なんどか車やひとが視界に入ったんで、私たちはみつからないように壁にはりついた。私も梁井くんも白っぽい服を着ているからとりあえず目立つことはない。でも50mくらいまで下りてきたとき、ついに確実に私たちの姿をとらえてるらしい人影をみつけた。みつかったらしい。

 梁井くんに、
「みつかったみたい。でも平気だよ落ちついて」
って言って、ペースをくずさないようにおりつづけた。高度がさがるにつれ梁井くんの顔からこわばった表情が徐々に消えていった。もう大丈夫だ。日が出て隣のピラミッドがうかびあがってくる頃には私はふたたび地上におりたった。私が地面に降り立ってすぐ、彼も最後の一段を飛び降りた。不思議なことだけど、頂上に上ったときよりも、彼と無事に降りてきたいまのほうが私にはうれしかった。

降りる途中の梁井くん

 降りてきた梁井くんの手をみたら、親指切って血がにじんでいた。頭ぶつけたときに、手もやってしまったって彼は言った。ひたいにもコブができてる。彼、かなりあぶなかったんじゃないだろうか。来るまえすごいやる気十分だったのに途中で急にペースが落ちたのは、もともとの高所恐怖症のせいじゃなくて、途中でよほどすべりおちそうな状況になったからなんじゃないかと思った。やっぱピラミッドはあぶない。昼間登れないからって夜中に登ったりするのは無謀なんだ。


隣のピラミッドにヒジかけるミラン
(写真からのコピー)
 地上にいたおじさんはポリスの制服を着ていなかったけど、
「ポリスですか」
って聞いたらそうだ、というふうにうなずいた。だけど彼は私たちに手を差し出して、
「ウェルカム」
と言った。ポリスがウェルカム?なんかちょっと変だ。

 あやしいポリスはあまり英語の話せないひとだったけど私のカメラを見て、
「それは預かる」
って言った。それでポリスにカメラを手渡し、先導されて歩き始めた。守衛小屋のあたりまで来てポリスは、
「ほんとなら逮捕するところなんだがバクシーシを少しよこせば許してやる」
みたいなことを言った。私はさっきのタクシー代でお金をつかってしまっていたから、梁井くんがポケットから有り金全部の10£を出して彼にわたした。ポリスは、
「これっぽっちしか持ってないのか?」
といぶかったけど、もちろんこういうときのためにわざとちょっとしか持ってこなかったんだ。

 しかも、このままだと帰りのバス代もないんで、私はバス代、といってポリスから自分と梁井くん用に1ポンドずつお金をとりかえした。ポリスはとりたてて不愉快そうにもせず8ポンドだけをポケットにいれ、カメラはケースから出しもしないで返してくれた。カメラを預かるって言ったのは、ツーリストポリスらしく見せるための演出だったんじゃないかと思えた。

 やっぱりこのポリスは本物のポリスじゃない。ツーリストポリスだったらもうちょっとぐらい英語がはなせないとつとまらないんじゃないかと思うし制服を着てないのも変だ。それに私たちをつれてピラミッド前の守衛小屋を通りすぎるとき、ちゃんと制服着た守衛が出てきて、
「彼らはなんなんだ?」
って、私たちをつれてる私服ポリスに聞いてるみたいだったし。でもまあ彼らが話をつけてくれたおかげで私たちはほんとのポリスとは話さないですんだんで、よしとしよう。

 とにかくにせポリスのおかげでピラミッドから無事脱出することができた。ほんとならピラミッドのまわりでヨンたちと落ち合う予定だったけど、ピラミッドの近くにいたら何度もつかまってしまいそうだったのでとりあえずバス停までおりることにした。途中地元のひとの通るような細い裏道を通り、ガイドをやってるっていうおじさんにつかまって、ちょっとセクハラされたりしながらも道を教わってバス停についた。セクハラおやじは別れ際に梁井くんのほっぺに一発キスして、そのあと私の両頬に2発のキスをかました。梁井くんは、
「井出さんにキスしたいから最初に俺にキスしたんじゃないか?」
ってダシにされたことに不満そうだった。

 私たちはそこで2時間くらいほかの3人を待っていたんだけど3人は全然もどって来なかった。もう先に帰っちゃったんだろうか。それともどっかでまだ拘留されてるんだろうか。待ってる間にとってもおなかがすいたし寒くもなってきた。でももうバス代しかないから、パンはおろかお茶のむこともできやしない。私は予備にかくしといた1ポンドと、さっきとりかえした1ポンド持ってるだけだし梁井くんも1ポンドもってるだけだ。そういえばつかまったときに身元がばれないようにっていう配慮でパスポートも宿にあずけてきちゃった。
「いま私たちってエジプトの事情もわかんない街に友達もいなくてガイドブックもなしでさ、身分証明書もなくてポケットに60円しかないの。どう思う?」
って梁井くんに言ったら彼は、ほにゃっと笑って、
「いまお金なくてもあと払いすれば、タクシーでも帰れるから心配なかよ」
って言った。


日中のピラミッドを下から見たところ

 らくだやロバが出勤する時間になっていて、地元のひとたちが私たちにひっきりなしに声をかけていく。学校へ行く通りすがりに手を差し出して「バクシーシちょうだい」って言っていく子供もいる。この子たち、ピラミッドの下で毎日暮らしてんだな〜。ヴェルサイユの近くにも、タージマハールの近くにも、ヴァチカンにも、ピラミッドの近くにも住んでるひとがいる。観光地でひとの生活を見るのってなんか不思議な感覚だ。

 大輔くんたちはほんとに来る様子がなかった。ほんもののポリスに拘束されてないか心配だったけど、彼らを迎えに出頭しても、もうバクシーシ払うお金もないのでとりあえずバスに乗って帰ってきた。ホテルにもどり、上のサファリに直行したら、時間はもう10時過ぎていた。サファリにつくと、
「ほかの3人は9時ちょいすぎくらいに帰ってきて、心配していたけどいま待ちくたびれて食事しに行ってる」
ってサファリのひとたちが教えてくれた。私たちも食事に行くことにし、階段をおりはじめたら途中で彼らが食事から戻ってきた。彼らは本物のツーリストポリスにつかまったけど、タバコを1,2本くわえさせたらバクシーシも要求されず、もちものチェックもなしで解放されたのだそうだ。


手前)大輔くん、後)ヨン
(写真からのコピー)
 1時間ばかりで写真の現像ができてきた。特にヨンが池山くんをひきずりおろそうとしてる写真の出来はすばらしい。写真の焼き増しを頼んで、みんなで住所とメールアドレスの交換をした。私たちの間には不思議になんか長い間友達だったような連帯感が生まれていた。写真ができるまで待ってる間少し寝てたらラクになったといって、梁井くんはそのあとオールドカイロにむかっていった。タフなひとだ。私はそのあとベッドにもぐりこみ日暮れ頃まで寝つづけた。

 起きると梁井くんがもどってきてたので晩御飯を食べにいき、近所のアイスやで日課になってたアイス食べたら彼はもう空港へ向かう時間だった。彼が荷物持って出てきたので下まで見送った。
「せっかく仲ようなれたのにもう出発しなくちゃならんのはもったいなかね」
と彼が言った。私は、
「でもその寂しい気持ちも旅の恵みなんだよ」
って答えた。これはブータンで、ナムギェルと会ったとき(できごと日記「淡い想い」参照)に学んだことだ。そばにいられないことがこの上なくつらい別れもある。でも誰かと出会って、別れるとき、さびしい気持ちがするぐらいそのひとのことを思うことができるのってとても幸せなことだ。

「井出さんとはまたどっかで会えそうな気がするねえ」
って彼が言った。
「一年に2回も旅してるなら、半年後ぐらいに中米で会えるんじゃない?」
って言ったら、
「そうだね。次の休みはグアテマラあたりで会えそうたいね」
って彼が答えた。

 私たちはホテルの入り口で握手した。彼が、
「気をつけてね。ホームページ見るけん」
って言った。私は彼の喋り方をマネして、
「メールに写真つけて送るけんね。気をつけて。一緒にいられて楽しかった。久々に後輩に会えたみたいで」
って言った。彼はそう言われて気を悪くするようなひとじゃないんで、ほにゃっと微笑んで去っていった。ホテルのあるビルの前の果物や通りから大通りにまがるまでに彼は2度ふりかえって手をふっていった。気がつくと近所の店の顔見知りの店員がうしろに立っていて私の肩をつつき、
「友達が行っちゃったの?泣きそうな顔してるよ」
って言った。

 11時にヨンがやってきた。hotmailにヨンのメールアカウントをつくってあげる約束だったのだ。ついでに自分のメールを受信したらついにノアからメールが来ていた。実をいうと、カイロにこんなに長居してたのはノアの帰国前にもう一度会っておきたかったからだった。だけど残念ながら、ノアはもう1週間近くも前にエジプトを発ったあとだった。少なくとも1日か2日はカイロでニアミスしてたはずだけど、多分彼と偶然遭うっていう運はイスラエルにいたときに使ってしまったんだろう。また半年ぐらいしたらカリフォルニアで会える。そんとき会えなくても1年したら日本で会える。そりゃ、ちょっとがっかりしたけど、いまはこの寂しい気持ちをゆっくりかみしめるときなんだ。

 友達は際限なく増えていく。別れが待ってるとしても、出会うことはとても幸せなことなんだ。悲しくない別れなんて味気ないもんだよ。キムのことも、悲観的に捉えるのはよそう。ひとの間は縁がつなぐもんだから、また会えるとか会えないとか、私がいま考えてもはじまらないことだ。会えるって、信じていればいいんだよ。信じるしかないことなんだよ。いまはとってもつらいけど。

 ヨンは大学出たあと数ヶ月バイトしてお金をつくってイスラエルに行き、不法にバイトしたりしてからエジプトにきてて、このあとヨーロッパ方面を1年くらい旅しようと思ってるって言った。彼はすごくお金を節約する旅行者なんでまだ出発してから2ヶ月で$1000ぐらいしか使ってないらしい。ヨンが数日後にアスワンに向かうっていうから、一緒に出発することにした。

 しばらくぶりに、後輩にメールでも書こうかな。そいで、あと2週間ばかりエジプトを旅したらとうとうケニアに行くんだ。