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私の旅ってひとり旅?
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ノアの目覚ましが鳴る前に目がさめた。部屋にはストーブがなかったんで夕べは異常に寒くて喉が少し痛んだ。でもアンマンからペトラまではまっすぐ行けば3時間くらいの距離だ、観光してもそれほどひどくはならないだろう。でも外は雨。 「雨降ってるよ」 って言うと、 「分かってる」 ってノアがくやしそうに言う。
今日のツアーの運転手カリッドと会ったのはおととい、昼ご飯を食べてるときだった。私たちがペトラ遺跡への無料入場許可証がとれなくてがっくりしてたときだ。
ノアはオクスフォードの院で人類学をやる前に、大学時代は建築学科にいたんだそうだ。それで学位も取ってるし、証明書なんかも持ってきて、それらしく見えるようアラビア語で添え状なんかも書いてもらっていた。しかし観光省に行ってみるとその制度は数年前に廃止になり、もうその許可証は発行されてないってことだった。
彼はイスラエルにいる間にかなり予算をくってもうすぐ帰らないととか言っていたから、この許可証をどうしてもいそいでとりたくて、そのためにイスラエル国境からもバスを待たずにタクシーに乗ってアンマンに戻ったりしていた。だから、許可証がとれないって観光省で言われたときは、そうとう落ち込んだみたいだった。そういうときに偶然を装って私たちの隣にきた男がその許可証の話をしはじめたんで、私たちはこれこそ天の助けかと思って彼の話にききいった。
彼の話によれば、彼の知り合いでその許可証の取り方を知ってる女性がいるから、よければその女性に話を聞いてみないかってことだった。彼は人助けが好きなんだって言い、その女性んとこまではタダで乗せていってあげるっていうんで彼のタクシーに乗った。もしキムと一緒だったらこんな話には乗らない。でもノアは中米やアフリカで暮らしていたことがあるぐらいで世間知らずじゃないから、反対しないで私もついていくことにした。
カリッドはちょっと調子いいおもしろい男だった。「俺は商売人だからよ、俺は商売人だからよ」としきりと言い、自分はペトラとかのツアーをやってるからそれを薦めるためにあんたらに近づいたんだ、って隠しもしないで言った。彼は観光省に似た別の管轄部署にもつきあってくれたけど、そこへ向かう間、車のエンジンがかからないとノアを降ろして車を押させたり、ガス欠になってエンジンかからない車で坂道を下ってガソリンスタンドまで走ったりしてた。彼は彼のタクシーを、
ほんとなら、許可証がとれなかった時点で、
私たちはふと気づくと毎食彼と食事の約束をしてしまっていて、朝晩顔を合わせていた。でも、そのうちなれなれしく私の肩やひざをさわるようになったので、私は例によって恋人がいます宣言をし、ものしずかな女の子のふりをしてあまり彼とは喋らなくなった。だけどノアは、
このカップル、私を見ると、
カリッドは、
朝ゴハン済ませて集合時間の9時に約束のレストランに行くと、幸い雨はだいたいやんでた。例のオーストラリア人のカップル、カレンとマークも朝ゴハンを終えてもう約束の場所に来ていた。9時ってのはまあそういう時間だ。だけどタクシーに乗って走り出したら、まもなくカリッドが朝ゴハン食べるというんでレストランに停まった。何で早起きしてわざわざ食べてきちゃったのかしら、とカレンとマークが顔をみあわせた。
彼が食べ終わるのを待ってる間にカリッドが私に、
マダバはこのツアーで2番目に訪れる予定の場所で、モザイク画が床に100mにわたって描かれてる教会があるんだそうだ。でも私はさほどって感じだった。っていうのは、昨日私がアンマンにいる間にノアはバスを使ってここに行っていたし、カレンとマークもすでに行ったって言っていたからだ。
ほかのひとが見たとこをわざわざ待たせて見に行きたいってほどモザイクの床に興味はなかったんで私は、
って言ったあと、ノアが撮ってるときにラテン語の文字の入ったモザイク石版の展示品を指さして、 「ああっここに写真撮っちゃいけないって書いてある!」 って言ったらノアがへへへーって笑って、 「おもしろいねヌーサン!」 って言った。
外に出ると曇りだけどかろうじて死海が見えた。ボードにこっちの方角がエルサレム、こっちが死海、こっちがベツレヘムって書いてあった。雨あがりの空はぼんやりと霧がかすんでイスラエルのほうの山までは見渡せない。あの向こうにキムがいる。ベツレヘムの方角を指さしてノアに、
言わなくてもノアは私がちょっとカリッドを避けてるのを知っていた。タクシーに戻るとき、
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「これまでフィルム何本くらい撮ったの?」
昼食後走り出すと葬式の行列のせいですごい渋滞で、カリッドの車はわき道へそれた。そのとたんにカリッドは車をいきなり道の真中に停め、おみやげ屋に入っていった。豪快っていうか迷惑っていうか・・・。カリッドは店頭にあった銅版画が気に入ったらしい。値段を聞いたら、ツーリスト用だと思ったらしくて150ディナール(25000円くらい)とふっかけられたそうだ。俺のだって言ったら30か40とか言われたんだって。そうか、ツーリストだと4・5倍ふっかけるのか。交渉する間もなく後ろの車がクラクションを鳴らし始めたのでカリッドは戻ってきた。そしてまた走り出した。
しばらく行くったら、こんどカリッドは突然車を修理工場に入れた。どうもどっか故障したみたいだ。っていうか、この車この前からほとんど自力でエンジンがかからない状態だったんだけど、問題はバッテリー自体というより、バッテリーのすわりが悪いらしい。ボンネットを開けてバッテリーを鉄の棒でたたきこんでいたらエンジンがかかるようになった。その間また数十分足止めされた。今日は車内が狭いのでパソコンをトランクに入れていたんだけど何の用だかしきりとトランクを開け閉めする音がするので不安だった。おまけにトランクは鍵がしまらない。それどころかどこのボタンも押さなくてもふたを上にあげるだけでトランクは開いた。トランクに入ってる荷物は偶然無事みたいなもんだ。私は後ろのほうで音がするたびにやきもきした。
カリッドはペンチを車の屋根の上に置いたまま走り出したらしい。そのあとガソリンスタンドでガスを入れてるときに「おお、置きっぱなしだった」とかいってペンチを運転席のドアポケットに放り込んだ。ノアが、
カリッドはあちこちで「おーう元気か?」「よーう久しぶり」って羊飼いやら管理人やら警察官に会うたびに降りていっては立ち話をした。ヤツが降りていくたびにカレンが、
そのうちカリッドが、
『ダナ』の町が近くなる頃には完璧に日が暮れて、真っ暗になった。だけどダナの手前でカリッドは、
ダナは感じのいい古い町だった。正確に言うとすれば、日が落ちる前、こんなに寒くならないうちに来れば、いい写真も撮れただろうし町の雰囲気をたっぷり楽しむことができたかもしれない。ヨルダンという国自体は、第2次大戦後にイギリスの委任統治下になるまではほとんど影も形もなかったところなので、独立後に建てられた家々は、まがりなりにもヨーロッパ型の素材を使った現代的な建物が多い。でもここは小さい町ながらも建物は石造りだしこの地方独特の歴史の感じられる家並みを見ることができた。町の後ろには高い山がそそり立ち、反対側のはずれにはどうやら谷川があるみたいに見えた。
谷川らしきものを暗闇のなかでなんとなく認識して戻ってきたら、カリッドは地元のひとの家の戸口でなにやら喋っていた。そして、
カリッドが、
カレンと女の子の通訳をしながら時々カリッドが、
カレンが、
さっきまでカレンが一番機嫌悪かったから、ここで彼女だけでも楽しめてよかったかな、とちょっと思った。それにしてもさっきの車の中からカリッドがひっきりなしにタバコを喫っていたせいで、喉の腫れが大きくなったみたい。やめてって言えばいいんだけど、言いだせなくてずっと我慢していた。
カリッドは両親と話を盛り上げるために、あるいは、盛り上がってる雰囲気を演出するために、なんかむきになってる感じだった。私とノアは途中からチャイを断りつづけていたんだけど、カリッドはそのうちなんか、ここに前に連れてきたオランダ人の女の子たちのことをくりかえし話すようになった。カリッドは直接には私やノアには話してなくて、こっちに背を向け、カレンにだけ説明しているみたいだった。オランダ人の彼女たちが泊まっていったときに何を見に連れていってやったんだとか、このあたりにあったかい設備のいい山小屋があって朝はすごくきれいだぜとか説明しているのが聞こえる。
カレンが小さい声で、
ああ、これってよくある手だ。ツアー料金をすごく安くしておいて客をつかんで、なんかの不備で時間稼ぎをしてオプショナルツアーを買わせるっていう。カリッドの計算じゃ、ベドウィンのテントに連れていってこの商談をするつもりだったんだ、多分。それで私たちが行きたがらなかったから、機嫌悪かったんだな、と思った。カレンを責めるのはお門違いなんだけど、カレンは4ヶ月も旅をしていてこんな用意された出会いが本当に楽しいんだろうか、と思ってしまった。
呼ばれてきたひとたちが全員タバコを喫うもんで、唾がのみこめないぐらい喉の腫れが大きくなってきた。さっきまであったかかったのになんか歯ががちがちいう。ここに来てからもう2時間経ってる。ノアもなんか調子わるそうに眉をひそめているんだけど、私の異変に気づいて、
それからタクシーに乗って、来た道を登る間に彼はまた2回、知り合いとの挨拶に出て行った。
1時間ぐらいして私たちはカリッドの薦めるホテルについた。私は歯の根が合わないのでノアと一緒に自動的にドミトリーに運ばれてきた。ところが私が荷物を開いてる間にノアがどっか行ってしまった。刷り込みされたアヒルの子じゃあるまいしお母さんみたいにノアを探すなよ、と自分で思いつつロビーに出てみると、建物の外でノアがカリッドになんか話をしてるのが見えた。ノアはかなり怒ってるようだった。
しばらくしてカリッドが戻ってきた。チェックイン手続きのときに彼らの話の始まりを目撃してたみたいで、カレンとマークも同席して食堂に入りなんか話し合いが始まった。カリッドがツアーの時間をちゃんと考えずに自分の行きたいとこばっかり行ってたんでノアが怒ってるのかと思ってたら、ノアはどっちかっていうと、オプショナルツアーの商談に執心して私が具合が悪くなったのにまったく配慮しないでいたことのほうに腹をたててるみたいだった。
カリッドは、
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ノアが話そうとするたびに彼は、 「2分だけだ。これだけは言わせてくれ」 といって際限なく同じ話を続けた。彼がその話をしている間に従業員がなんかメモを持ってきた。 「お世話になりました。とっても楽しかったわ。帰ったら写真を送るから楽しみにしていてね。ノナ」 と書かれていた。カリッドは英語が読めないんでマークに読んでもらって、それから、 「ノナ?ノナ・・・・誰だったかな」 と従業員に聞いた。従業員が、 「イタリア人だよ」 って答えた。そのあとカリッドは手を打って、 「ああイタリア人のあの娘か。このまえホットスプリングに連れて行ってやった。ああ、あの子がメッセージをね。そう」 と言ったあと、 「これを見ろ!ほら誰もが俺に感謝してる!俺が悪いやつだったらこんなことを書いてくれる子はいないはずだろ。俺はこうと決めたらまっすぐ道を曲げない人間だ。みんながそれを買ってくれてるから俺はどこにいっても歓迎されるんだ」 何度も折り返された跡のある紙で、私はなんとなく、これはなにかあったときに持ってくるよう話ができてるんじゃないかと思った。なんかできすぎたタイミングだった。
ノアは彼の同じ話を全体で2回ぐらいずつ訊き、これ以上新しいことが出てこないとわかると、
するとカリッドは話を私に振った。
でも彼はしらばっくれて、
カリッドは、
「なんだって?」
けど、ノアは完全に頭に血が上った、という感じではなかった。彼はひとつひとつのことがらをあげ、それがどういうふうにほかのひとにとって不愉快か、彼がどういうふうに彼の仕事をこなすべきだったか、怒っていたけどちゃんとひとつひとつ話した。カリッドはそのたびにとぼけたり、カレンに応援を求めたり、マークを仲間にひきこんだりしようとした。時間の無駄だ。彼はビジネスが成功してると思ってるみたいだから、それは失敗だったってことをわかってもらわないと全体がわからないと思い、私は昨日カリッドからもらった、誰かの手書きのツアーの一覧を持ってきた。彼が実際にどことどこに時間を使いすぎてどことどこに行けなかったかちゃんと数を数えて確認してほしいと思ったのだ。
彼が理解してくれないなら、行けなかった場所の数を計算して払い戻しを要求するつもりだった。私は「日本人はやさしいから好き」という言い方できれいなオブラートにつつんで食い物にするヤツがキライだ。いいかげんな扱いを受けたときにNOと言ってちゃんと仕返しをしていく日本人もいるってことを示しておきたかったのだ。
そしたらカリッドは、
まだしばらく話は続き、彼はそのあとも数回「女に一本も指を触れてない」という話を繰り返した。でも彼があまりにわからずやなので私はしまいには払い戻しとかいう話をするのもめんどくさくなってしまった。お金返してもらったところで彼は誠意までは返してくれない。このひとはとてもうぬぼれていて、私がどういったって変わらないんだ。それなら彼の何が悪かったかなんて説明するのはやめて、「地球の歩き方」に投書でもしたほうがマシだ。ノアもあきれて最後にちくりと、
カリッドは、
洗面所でノアに、
今日話し合いになったとき、カレンたちはどっちかっていうときょとんとした感じだった。多分カレンたちは最後の出会いをほんとに楽しんでたんだと思う。たしかにそうだ。もし私とノアも、彼らの歓迎がニセモノだと思っていなかったら、
でも何も言う必要はない。もうなにも変えられないから。ただ、イヤな思いをさせたことを謝ることしかできなかった。
私はノアにも謝っておきたかった。私は自分が悪者になるのがイヤさに意思表示を先延ばしにした。そいで、結局彼に頼ってやっと自分の意見を言った。一番悪者になってしまったのは彼だ。翌朝起きて、同室の女の子たちが食堂に行ったのをきっかけにノアが、
でも私はひとつ疑問に思うことがあった。ノアが、彼をどうしたくてああいう席を設けたかわからなかったのだった。
ペトラは高低差の激しい遺跡群で、体調が万全でないときにまわろうとするとちょっとキツい。私はまだ調子が悪かったんで一日ペトラ観光を延期することにするよって言った。彼はわたわたと歯を磨き、
毛布にくるまりながら、私はほんと誰かに頼ってばっかしだ、と思った。いつか誰かの役にたちたい、いつかいつかと思いながら、誰かに助けてもらったり頼ったりしてばっかしだ。イスラエルからヨルダンのアンマンに戻ったとき、久々に自分のサイトを開いたら、掲示板に誰かが「いまのあなたは甘えすぎ」って書いていた。ぎくーっとするひとことだった。ヴェルサイユでお世話になったユウコさんがフォローしてくれていたけど、確かにこのところ私はフォローに値しないぐらい甘えてる。読んでがっかりしたって言われるのはとてもつらい。でもそれは、もちろん私に原因があるんだ。
「こんな旅をするために世界一周へ出たワケじゃないでしょ?」
成長してないんだ・・・。出発してから11ヶ月もたって、あんなにたくさんのひとにあって、あんなにたくさんのものを見たのに?
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