感傷

   帰ってきてからあっっっという間に3週間が過ぎた。
実家のごった返した荷物の中での暮らしにもすっかり慣れ、出発前に使っていたデスクトップに新しく大きいハードディスクとCD−R/Wとりつけて、パソコン環境の中心もすっかりデスクトップに移動した。

 この3週間の日常はといえば、埼玉の入間郡の実家と東京のともだちの家をいったり来たりする生活がつづいている。勤めていた会社にも挨拶に行って、旅のあいだに会ったひとや、2年間ご無沙汰していたともだちに会って、すでに70人ぐらい顔を見たと思う。これからの1ヶ月でさらに20人か30人ぐらい顔みることになるだろう。

 帰国した翌々日に携帯電話を買った。出発前はでかけてるときにつかまるのがキライで一生もたないと思っていたけど、出先生活が多くなると携帯にせざるを得ない。と、やむを得ないつもりで買ったわりには携帯の楽しさにハマり、いまごろ着メロをうちこむことに夢中になっている。

 日本に帰ってきても当分は旅の生活をひきずるんだろうと思っていた。あるいは、日本っていう新たな国を旅するような感じになるんではと期待していた。けど、成田についた瞬間から私のアタマは日本対応に切り替わった。あたまのなかで、これが私の記憶にある日本とどこか違っているように思えない。2年前とぜんぜん変わってない。あるいは2年前、日本がどんな感じだったかよく覚えてないだけかもしれないけど。

 そんなわけだから、日本にはいりこむことに驚きや困難はなかった。まるで3ヶ月前までここにいたような感じだ。あるいはこの2年のあいだも日本で暮らしていたのに、その分の記憶がすっぽり抜け落ちただけのような感じがする。

 ホームページの整理と更新は再就職するまえにしてしまいたい、と思っているのだけど、いまここにいる私と、旅をしていた私をクロスオーバーさせるのがとても難しい。どこかでいまの自分とかさなってくることを、あるいは旅が私のなかで熟して語れるようになる時を待っている。

 あれは夢だったのでは。  と疑うのと同じ頻度で、私が旅をしていた証拠を見る。出発から1年コラムを載せてもらってた、インターネットマガジンが並ぶ書棚。ヒザの下にはタイでケガしたときの傷あとがある。ポストには毎日更新を楽しみにしてくれる方たちや旅の途中で出会ったひとたちからのメールが届く。そしてデンマークからのメールが届く。
 だから、夢じゃなかったんだ、とホッとする。

 もちろん生活の各所に発見だってないわけじゃない。
 スーパーに行くとものの豊かさにおどろき、渋谷に行くと風俗の奇抜さにおどろき、駅に立てば携帯電話を握るたくさんの手におどろく。やまんばギャルというのはもう絶滅しちゃったんだなあ、というんでまたおどろく。

 ただ旅のなかで生きてきた私の体が成田についた瞬間を境にすっぱりと旅から切り取られてしまったことが、なんとなく寂しい。押し寄せてくる日本におぼれて、昔なじみの仲間と顔をあわせればバカ高いビールなんか平気で飲みながら、日本の生活のなかでもそつなくやってると、旅の話しをしていてもときどき、まるでフィクションみたいに遠く遠く思えて、なんだか旅が私を去ってしまったような、あるいは私が旅を棄ててしまったような感傷にかられるのかもしれない。