いいバングラ人、悪いバングラ人
   ついにインドに出発する日が来た。といっても今日のフライトはバングラデシュのダッカまで。今夜はダッカに泊まって明日カルカッタ行きに乗り継ぐのだ。ホテルはビーマンバングラデシュ航空が用意してくれることになっていたけど、まだどこのホテルか決まっていない。ひとから聞いた話では、ダッカの空港に着いて乗り継ぎカウンターに行ったらそこで初めて宿泊先の手配が始まるんだってことだった。

 バングラデシュってどんなとこだろう。インドの近くってこと以外、イメージすらわかない。そういえば父のつきあいのある会社のバングラ出身のひとの話を聞いたことがある。父が彼に年を聞くと彼は「30サイ、グライ!」って言うんだって。彼も日本に来たときにはパスポートを作ったはずで、パスポートには誕生日も書かれるのに、正確な年齢がわからないでよかったんだろうか?去年までなんていってたんだろうってことも気になるところだ。「29サイ、グライ!」って言ってたんだろうか。それとも料理の鉄人の岸朝子の「料理記者歴40年」とか、ど根性ガエルの先生の「教師生活25年」とかと一緒で、毎年は更新されなくて、去年までは25才グライだったけど今年で10年になったことだし久々に更新するかっていうんで30才グライ、にカウントアップしたんだろうか。

 あるとき父が彼に「うちの娘、世界一周旅行に行っちゃってさ」って話したらそれ以降「娘さん、バングラデシュ行ったっ!?ぜひ実家に寄ってくれ、母と妹が歓迎するから」と会うたび真顔で言われ、住所を書いてくれるってメールが来た。その住所っていうのがまたどうにも読めない独特の文字で、しかも右から書くんだって。まあ残念ながら、彼の実家を訪問するのは見送りだ。ダッカに居られるのは1泊だけだし、それも夜着いて翌日の昼間には出発っていう短い滞在だから。

* * *

 ラオスや台湾なんかに行った前後で通算1ヶ月ぐらいいたタイともついにお別れの時がやってきた。最後の名残にいきつけの屋台で好物の米麺を3回も食べた。バンコクのドンムアン空港で搭乗待合室に行くと、私が最初の客だった。それからしばらくしてヨーロッパ人が5人、バングラ人が10人くらい来た。空いてるフライトなんだなーと期待して乗り込んでみたら、バングラ人がぎっしり乗っていた。どこかからの経由便だったのか。
オートリクシャー

 搭乗待合室を出るときに背後から「スイマセン。日本人デスカ?」と声をかけられた。日本語のできるバングラデシュ人だった。日本には父の知り合いみたいに出稼ぎに来ているバングラ人は結構いるらしいから、日本語ができるひとがたまたまいてもおかしくなかった。でも飛行機の中に入ったらそういうひとはたまたまいたどころの騒ぎじゃなく何人もいて、次から次へと寄ってきては挨拶していった。面倒だし危ないような気がして声をかけられないようにうつむいていたんだけど、こう大勢いたんじゃ避けようがないや。

 なぜだかビーマンバングラデシュ航空は席替え自由で、ふと気づいたら最初に声をかけてきたひとが通路を隔てた隣の席に居てオイデオイデをしていた。このまま話しかけてくる何人もの男たちを次から次へと無視するか、または本を読んでるから、とかいって冷たくあしらい続けるか?それとも誰かひとりとお喋りしてほかのひとが次々くるのを防ぐか?あしらい続けることもできたけど、知らないバングラ人と喋るチャンスって、実は安全な飛行機の中ぐらいしかないように思えたから、思い切ってオイデオイデしている彼の隣に移った。彼はザモン(わけあって仮名)と言った。

 彼は日本に出稼ぎに出て4年。いま26才だと言っていた。(注:26才、グライではない)東京の郊外にあるプラスチック工場で働いていて、日本が大好き。日本人もまじめで親切だから大好きだと言っていた。ここで例によって「私は結婚してるんだー」、と釘を刺した。念のためね。「日本人大好き」のあと「日本人の女の子は特に」という展開はよくあることだから。


ホテルの近くのロータリー
 私が『結婚してるのに』ひとりで旅行をしてるって言ったら彼はすごく驚いて、しきりと「泥棒に注意してね、バングラ人には気をつけてね」と心配してくれた。彼のしゃべり方は独特だった。
「バングラ人いつも悪いこと考える、ナ?日本のヒトお金たくさんあるダカラもらうダケ考える悪いひとたくさん、ナ?」日本の勤め先にこういうしゃべり方をするひとがいるのかもしれない。

彼の「日本大好き」は本格的だった。
「日本の男のヒト、たくさんガマンできる。ナ?難しいシゴト、ワカラナイでも一生懸命ガマンしてやる、ナ?バングラデシュのヒト、全然ガマンしない。難しいシゴトすぐヤメタ言う。バングラ人もうホントバカ。バングラデシュ全然ダメナァ」
彼に言わせるとバングラ人はウソつきでだらしなくて頭がわるく、バングラデシュはきたなくて不便で貧しく、どーしよーもない国なんだそうだ。だから誰も信用しちゃダメ、ホテルに入ったら外に出ちゃダメだよって彼は言った。

 ザモンは別に私についてあれこれ聞いてきたりせず下心もなさそうで、本心から心配してくれてるようだったので、喋っていてだんだん親しみがわいてきた。それと同時に興味もわいてきた。そういえばいままでの国でも日本で働きたがっているひとはたくさんいたけど、みんなビザが高くて手に入らないからとか、日本での保証人がいないから行けないって言っていた。どうして彼は日本のビザがとれたんだろう?そんなつっこんだこと答えてくれるかわからなかったけど聞いてみた。


ショッピングセンターはまだオープン時間前

 そしたら彼はちょっと躊躇して「これナイショお願い、ナ」と言ったあとどうやって日本に来たか教えてくれた。彼はバングラデシュのブローカーと契約し、日本のビザをとってもらって日本に入ったんだという。日本ではバングラのブローカーと提携している就職先斡旋ブローカーがいて、そこで更に5万円払うと仕事を見つけてもらえるとか。いまはビザ切れでバングラにかえるとこだけど、帰ったら送り出してくれたブローカーに日本円で150万円を支払わなくてはならないそうだ。150万円!?私は思わず聞き返してしまった。そんなのって日本人の私にとってもすごい大金。そんなに貯められるの?そしたら彼は、日本では1日1万2000円稼げるからもっと貯められるんだって言った。日当1万2000円?

 ・・・私が学生のときに1ヶ月ばかし住み込みアルバイトしていた群馬の「ホテル聚楽」で、私は1日8時間労働で1万円もらってた。でももっと拘束時間が長いフィリピン人の夫妻は、昼間の厨房の仕事と夜の宴会場でのショーの仕事で合わせて一日3000円だって言っていたので、私は彼らに本当のことが言えなくて「私の給料は、よくわかんないけど1日5000円くらい・・・」とか言っていたんだ。外国からの出稼ぎのひとたちは日本人より安く雇えるから働き口があるんだって聞く。なのに1日1万2000円ももらってるのか。
自転車リクシャー

「それってすごいキツイか危ない仕事じゃないの?」
聞いたら彼は全然、と言った。うっそ。だって日本人だってこの不況のさなかそんな給料もらえるのは相当キツイ仕事してるひとか、なんか技術のあるひとだよ。彼は特殊技能の訓練うけたり教育受けたりしてるわけじゃないのにそんなにもらってるってことは、それって多分日本人はちょっとやらないようなつらい仕事なんじゃないの?でも彼は言った。日本の仕事はバングラで働くよりはずっとラクだって・・・。バングラは働き口自体が少ないし、暑いし不潔だし給料は安い。日本からの援助がたくさん来ているのに政府のお偉いさんたちはみんなそれをポケットにしまって橋も作らなきゃ環境も整備しない。特に彼の実家のあるバリサル地方(ちょうど電波少年でロッコツマニアが迷いこんでいたというあたり?)は河口にあたるため島状の低地が多く雨季には水害も多い。そんな地域であくせく働くことに比べれば日本の仕事の一日10時間×週6日くらい楽勝だって彼は言うのだった。ガマン強いのはきみだよ、って思ってしまった。

 日本での生活は高くつくし契約料も高い。ためたお金も大半は契約料にもってかれてしまうような格好だ。でもバングラデシュで働いているよりも残るお金はずっと多いし、第一、日本にいればそれだけであちこち遊びにも行けるしお酒は飲めるし食べ物はおいしいし、ほんとに楽しいって彼は言う。彼は自炊はしてなくて毎日セブンイレブンのお弁当や仕出し弁当を食べてるけどそれですらすごいおいしいんだそうだ。「セブンイレブンイロイロ選ベルだからワタシ太った」と言いながら4年前の写真を見せてくれた。今の彼とは似ても似つかないほっそりした彼自身の写真だった。

 日本人は親切で友だちもたくさんできたから、またブローカーと契約して日本に来るつもりだ、と彼は言った。彼は「これナイショお願い、ナ?」と繰り返した。彼が持ってるのは正規の就労ビザじゃないので、もし日本で入国管理局にバレたらその時点で150万円貯まっていなくても強制送還されてしまう。でもブローカーとの契約金は払わなくちゃいけない。バングラではそんなお金稼げないから強制送還されたりしたらほんとに命にかかわるのだ。


「リクシャー」の名は日本語の
「人力車」から来ているんだって
 機内食が配られて食べながら喋っていたら飛行機が大きく揺れだした。
「バングラデシュ、飛行機も全然ダメ。飛行機揺れるタクサン。バングラデシュホントダメだ。ワタシほんとバングラデシュきらい。」
 彼があまりバングラデシュについて悪く言うので私はなんだか悲しくなってしまい、彼に向かって「そんなに悪く言っちゃダメだよ。誰かがよくしようって思わなくちゃよくならないんだから」なんて言ってしまった。

 彼はそれでちょっとシュンとなってしまって、はっと気づいた。なんてことを言うんだろ私。苦労を重ねて日本に職を求め、祖国を愛したいのに愛せないジレンマをかかえている彼に向かってだよ、ただ日本人に生まれたというだけで仕事もしないであちこちほっつき歩いてる自分がそんなこと言えた義理?自分の身の程知らずに気づいて私もなんかシュンとなってしまった。

 機内食が片づいてしばらくすると飛行機はダッカに着いた。彼は私の宿泊先が決まってないことをすごく心配してくれ、もしひとりでタクシーに乗って宿に行くようなことになったら絶対危ないからひと晩空港で時間をつぶしたほうがいいってアドバイスしてくれた。私はトランジット手続きのカウンターに向かい、彼とはそこで別れた。彼は私を見送って、私が通路を曲がるまで「気をつけてネー!!」と手を振ってくれていた。

 空港待合室は暗くてじとっとした感じだった。並べられたイスが色もカタチも不揃いで、一国の首都の空港の待合室とは思えない。タイから来ると急に目の下の黒い、濃い顔のひとが増えて少しこわい。強がってずんずん歩きカウンターにつくと、恰幅のいい、あたまの涼しい係員のおじさんが手続きをしてくれた。パスポートは今夜の間空港に預けることになった。乗り継ぎのためだけだから正式に入国した扱いにならないので、パスポートを携帯しておくこともできないのだった。おじさんが「今日ご用意できるのはホテルということになってますが実際はゲストハウスです」と言ったのでちょっとガッカリした。いくらなんでも航空会社が手配するのが「安宿」とは思ってなかったから。もしかしたらバストイレ共同とかでベッドに虫がいるようなところかしら。不安がふくらんだ。

 マイクロバスを待つ間、私は空港の建物の外でひとりで待たされた。空港の外は夜にもかかわらずサウナだった。空港のフェンスの中なのに物乞いの子供や客引きがきて近寄ってきてはああだこうだと言っていく。マイクロバスがやってくるとさっきの係員のおじさんもやってきた。そして「普段は送っていったりはしないんだけど、日本人のお客さんひとりの場合にはサービスで送ってあげることにしてるんだ。特に女性の場合は不安だろうからね」と言いながら同乗して私をホテルへ送ってくれた。いいひとでよかったと安心したのもつかの間、このおじさんの座ってる範囲がだんだん広がってきて、座席の背に置いた手がじわりじわりと私の方へ近づいてきてるような気がする。喋ってるついでに何かっていうと手や肩をたたこうとする。日本では何気ないそういう態度も、イスラム教のこの国ではよその女性に対して絶対するはずのないことだ。ここでもまた結婚してると言って牽制したけどこのおじさんには効果なかった。「旦那さんは日本に置いてきたの?へえ、ひとりで旅行してるの?ほんと?旦那さんのほかに彼氏がいるんでしょ?」失礼なやつだ。

 ついた宿の部屋は、十分な設備だった。なんだ、ゲストハウスじゃないじゃないか。バスルームもあるしクーラーもあるし冷蔵庫もあるし電話もある。机もあるしテレビもある。メインのベッドルームの他におまけのベッドルームもあった。ただし、そのほかに半畳くらいの、クローゼットともなんともつかない謎のスペースもあった。クーラーの前にはくたびれたソファと低いテーブルが置かれていて、テーブルの下にはご丁寧に使いかけの汚れたスプーンが置いてあった。バスルームではホットシャワーは使えるということだったけど、お湯は出なかった。でも外はサウナだからホットシャワーじゃなくても十分水はあったかかったけど。洗面台は、どこをどうひねれば水が出るのかさっぱりわからなかった。
泊まった部屋

 私の泊まる部屋ではさっきまでホテルの主人がビデオの修理をしていたらしくて、あちこちに道具や紙がちらかっていた。ホテルの主人がビデオデッキを持って出て行くと空港係員のおじさんは「部屋のチェックをするから」といってずかずか入ってきてクーラーのスイッチをあれこれ動かし、スイッチが入ったよといって私の手をとりクーラーの吹き出し口にあてさせようとした。「私結婚してるんだからほかの男の人に手を触らせることはできません」って言ってふりはらったら、おじさんは大げさに驚いて「なんてことをマダム。誤解しないでください、そんなつもりで触ったんじゃありません。失礼があったら許してください」なんて言ってとぼけた。とんでもないセクハラおやじだ。

 おじさんは宿泊手続きが終わったあとまた戻ってきて、去り際に無理矢理握手して「明日は8時から朝食です。朝食の支払いはビーマンもちだからあなたはお金を払う必要はありませんよ。フライトの2時間前になったらマイクロバスが迎えにきます。あなたはその前に部屋に戻って荷造りをしておいてください。云々云々云々・・・」とあれこれ注意をしている間ずっと手をはなさなかった。やめてーぇと思いながらも疲れてたので「もういい加減終わるだろ」と思いながらにぎらせておいたら、おじさんは光るあたまをこちらに向けて最後に手の甲にぶっちゅりキスをしていった。握手を断る方法を覚えなくちゃ、と思った。

 やっと解放されて部屋の中をよく見てみると、絨毯にはつぶれたゴキブリがひっくりかえっており、くたびれたソファに近づくと下から生きてるやつが1匹が這い出た。カバンから殺虫剤を出してかけたら、反対側から大小とりまぜて数匹が走り出た。このソファの下だけは一生覗かないことにしよう。同じ部屋の中の、どこにゴキブリがいるかわかっていながら退治せずにそのまま寝るのは生まれて初めてかもしれない。


部屋見取り図。結構広かった。

* * *

 翌朝目を覚ますと、昨夜殺虫剤をかけたヤツはソファの下でひっくりかえってまだちょっと動いていた。ああっ、めまいが・・・。気を取り直してちょっと表にでも出てみようか。外に出ようとしたらスタッフから「外はあぶないし、あなたはパスポートもってないんだからあまり遠くへ行かずすぐ戻ってきてください」って注意された。ホテルはちょっとさびしい感じの町のはずれのロータリーの近くにあった。でも町のはずれと思ったのは大間違いで、あとから聞いたらこのへんは大使館などがあつまるビジネス街の一角ってことだった。

 ロータリーの一角には自転車リクシャーとオートリクシャーが集まっていて、男も女も珍しそうにこっちを見ている。イスラム教の国らしく女の人はスカーフをかぶっているのでTシャツにGパンで歩いてる白い女の子なんか目立ってしょうがないんだ。特に顔まで隠してるひとは「なにアレ、はしたない」って感じで視線がキツい。スナック屋やチャイ屋が少しあいてて買い物をしてみようかなと思ってから初めてお金を持ってないことに気づいた。


ビジネス街のロータリー

 わぁ、私パスポートを空港に預けて、現地通貨も一銭も持たずに、バングラデシュの街をひとりで歩いてるんだ。なんてエキサイティングなんだろう。写真を撮っていたら背後にひとが集まってきた。こんなとこでカメラ出したりしてちゃいけないのかも。

 界隈におもしろい場所もなさそうで、また昨日ザモンにさんざん忠告されたのが頭に焼き付いていて緊張しきっていたのでほどなく宿にもどり、それから朝食をたのんだ。食堂は薄暗く、狭いスペースに無理矢理立派なテーブルやイスが詰め込んであった。


掛け値ナシにまずい
スクランブルエッグ
 朝食は、どうやって保存してたか知らないけど鉄鋼型にへこんだパン二枚に、バター、フルーツジュースのゼリーみたいなジャム、ミルクティ、それと卵料理。卵はスクランブルエッグにしてもらったけど、これは・・・どう作ったんだか、白っぽいぼそぼそした舌を疑いたくなるほどまずい炒り卵が耳のないパンの上に載って出てきた。世界一卵料理のへたな料理人に料理を頼んでしまったのではないだろうか。目玉焼きにすればよかった。

 部屋に戻り髪を洗っていたら洗面台の裏から5cmのゴキブリが出てきた。ゴキブリが家族で宿泊している部屋に間違ってまぎれこんでしまったような気分だ。しばらく部屋で時間をつぶしたら電話が鳴り、出発するよと呼び出しがかかった。マイクロバスでふたたび空港へ。空港カウンターでチケットを見せると搭乗券をくれた。係の人が荷物を運んでくれ、出国審査室に入るときバクシーシを求められた。(バクシーシは「施し」というような意味だと思うけどここではチップかな)でもバングラのお金持ってない、って言ったら「English Money?」って聞かれた。USドル?でもこの国で1ドルもあげたら多すぎるし、悪いけど荷物ちょっと持ってもらったぐらいでそんなにあげられない。しばらく「I'm sorry」って言い続けたらあきらめてくれた。意外とあきらめいいんだな、と思ったら、出国手続きのカウンターの入り口に「チップ不要。職員から求められた場合には連絡を」という警告があった。

 昨日のトランジットカウンターでパスポートを受け取る。昨日のおじさんはいなくてほっとした。今度ぶっちゅりされたら殺虫剤をかけてしまいそうだった。

 ホテルを出るとき「このホテルが気に入ったから、今度来るときはぜひまた利用したいんですが、料金を教えてくれませんか」などと心にもないことをいって料金表をもらってきていた。昨夜の部屋はベッドルームが1個余計についていたことを考えると一応スイートルームだったから2500「タッカ」。待合室で年輩のインド人の婦人にレートを聞いたら、いま1ドルが49タッカだという。ということは2500タッカなら50ドルちょいということになる。ちなみにシングルでも1500タッカだから30ドルくらい。ゴキブリの家族と相部屋で30ドルも払うのはイヤだなぁ。

 すごくゆれるフライトで1時間よくシェイクされて地上についた。飛行機から一歩出ると顔に横からぶおーと風が吹き付けた。インドだ。私いまインドにいるんだ!

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