パリのまよい
   連絡をとるか?やめとくか?この旅の出発後わずか5日目からずっと私を悩ませてきた課題、それがこの男だった。

 シンガポールで会って、インドネシアのバタム島に行ってる間にサンディの宿から姿を消してしまい、「夏休みにアンカラに里帰りするから連絡先を書いて送るからね」って言ってたくせに一通のハガキもくれないで、私がハガキを書いても一度だって返事をくれなかった男イスメット。

 彼と連絡をとることにこんなに躊躇してるのは、彼が私に何もメッセージを残さないでいってしまったせいだった。彼と別れたのはサンディの宿でスチームボートを食べにいった晩だった。彼と喋っているとき私はイスラム教の習慣についてあれこれ聞いたから、もしかしたらそれが気に障って怒って何も言わないでいってしまったのかとも思ったし、当時私は旅に出たばかりの超初心者で何もかもが危険にみえてたから、彼に対しても警戒して何か失礼だったのかもしれないとも思った。だとしたら謝りたい、という気持ちと同時に、連絡してみたら「ダレあんた」って言われてしまうかもしれないっていう不安があって、全然連絡とれずにいたのだった。

 彼はスイスに住んでるくせして、シンガポールで一緒に歩いてたとき、エレベーターのボタンも探せなくて「この街は近代的すぎる」って非常識なことを口走る男だったので、もちろんe-mailで連絡とるなんて期待すべくもなかった。私はマレーシアから1通ハガキを書き、そのあとずっと彼から日本の実家に連絡が来るのを待って、夏休みの時期まで来なかったので半ばあきらめ、ギリシャでもう一度だけハガキを書き、そのあとは、イタリア、オーストリア、ハンガリー、チェコ、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランスと、思えばスイスを避けるようにぐるっとまわってきた。新しい国に着くとそのつど、宿の予約のためにテレカを買って、テレカの度数が余っているのを見るたび彼に電話しようか迷った。でも結果を出すのがこわくて電話できなかった。

* * *

 パリに向かうバスの乗り場でメロにキスされたとこを目撃してた男の子。彼はやはり日本人でしかも同じバスだった。バスに乗るときにちょっと言葉を交わしたのがきっかけで隣に座り、あれこれ喋りながらパリについて、結局私は彼の知っているユースホステルまでついていった。

 パリっていうのは、おしゃれなリセエンヌが闊歩したりゴミが1個も落ちてなかったり上品なカフェしかなかったりするスカした街かと思っていたけど、実際に歩いてみると、犬の散歩させてるひとは決してフンの始末をしないしだらしない格好して歩いていても目立たないし、各国料理のちょっと貧乏くさい食堂とかもそれなりにある意外に庶民的な街だった。それで私は想像してたよりだいぶパリに好感を持った。


青木さんと旦那さんの木村さん
 ついた翌日はちょうどルーブル美術館の無料観賞日だったのでルーブルに行ってモナリザに挨拶し、その晩にはインターネットマガジンの青木さんの新婚旅行に飛び入り参加して、新婚旅行のこれまでの旅程のはなしとかおふたりのナレソメの話しなんかを聞きほじくり、ひとりじゃ絶対に入れないような重い扉のある雰囲気のいいレストランに連れていってもらってごちそうになったうえ、ヨーロッパに入って以来この40日間あこがれ続けた日本語のガイドブックのヨーロッパ編をもらって、感激の夕べを過ごした。

 さてその晩。ユースホステルにおいてあるトテツモナク不便でアクセス料のバカ高いインターネット専用マシンからアクセスしてみたら、実家から「ホームページの掲示板をみてみろ」というメールが入っていた。それで自分のホームページに接続してみると、ヴェルサイユにお住まいのカップルの奥さんのユウコさんという方から「遊びにおいで」っていうお誘いの書き込みがあった。連絡をとってみたらユウコさんはフランス人の旦那さんとヴェルサイユ宮殿から5分のところに住んでいて、いつ来ても構わないし何日でもどうぞと言ってもらったので遠慮もせずほんとにお邪魔してしまった。

 ユウコさんちというのは、ヴェルサイユ宮殿なんかと同じ時代築の重々しい石づくりの建物で、ま、平たく言えばオスカルかポリニャック伯夫人の住んでいたお屋敷を改築してつくった(にちがいない)アパートメントだった。長年使われてつるつるに光った木の階段をことことのぼっていくと、4Fにユウコさん夫妻のおうちがあり、さすが石造りだけあって10月というのに室内はぽかぽかと暖かだった。ユウコさんは留学中に旦那さんのジャックと知り合って、こちらに住んでもう2年半になるそうだ。私よりひとつ下という彼女は同じように幼く見え、しかもえらいかわいらしいひとだったけど、語学の修得とか習い事にきわめて熱心で、その知識欲や向上心からはやはり海外で暮らすひとり立ちした女性っていう印象を受けた。
今日も観光客いっぱいの
ベルサイユ宮殿


ベルサイユ宮殿の庭園にて
ユウコさんと
 彼女の家で、洗い物のお手伝いをしたり洗濯ものかけを直したり、一緒にヴェルサイユに散歩に行ったりしつつ数日過ごす間、私たちはあれこれ話をした。旅のこと、人生のこと、結婚のことについて。旅で出会った多くのできごとや人々について彼女はとても興味を持って聞いてくれ、思い起こしながら私は自分自身の旅が膨大な財産を産んでることにあらためて気づかされた。

 結婚して、やれひと安心って落ち着くことなく、つぎつぎに新しいことに興味をもち、これからの自分のありかたを考える彼女の姿勢は、私にとって、とても新しいものだった。旦那さんのジャックに「彼女は勉強することが好きだね」って言ったら、彼は「新しいコトを勉強スルとき、彼女はきもちヨクなりマス」って言って目を細めた。彼女の向上心が彼女を輝かせることを彼は知っていて、そしてその姿勢をとても認めている。国際結婚への道は決して簡単ではなかったと聞いているけど、いまこうして二人での生活を築き上げ、日本人とか、フランス人という壁を越えてひとりの人間としてお互いを認めあい、尊敬しあっているふたりの姿は私の目にとってもまぶしく映った。
ユウコさんと旦那さんのジャック

 そんなある晩彼女に、
「実はこのあといよいよハラを決めてスイスに行かなくちゃいけないんだけど、勇気が出なくてイスメットに電話できない」
ってうち明けたら彼女は言った。
「そんなの心配することないよ。旅の途中で会ったひとが訪ねてきてくれて、怒るひといないよ?絶対よろこんでくれるに決まってるって。ハガキ送るなんて、切手買いに行ったり出しに行ったりでe-mailとかに比べたらちょっと面倒じゃない。男の人はそういうのめんどくさがるもんだから、それで来なかっただけだよ」

 彼女の言い方は確信に満ちてて、なんか私をその気にさせた。そうだよ。イスラム教のことあれこれ聞いたからって、仏教の国の女の子がそんなの知らないのあたりまえのことだし、そんなことでいちいち気を悪くするようなひとが3ヶ月もアジアを旅行してこれたと思う?イスメットがメッセージも残さないで行ってしまったのは何かほかの理由があったんだよ。ハガキくれなかったのも何か事情があったか、それか大した事情はなくって、ちょっとめんどくさかったから書かなかったとかに決まってる。

 そうだ。電話しよう。ユウコさんに電話かりていい?って断って、思い切って受話器をあげた。