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イタリアへ向かう船
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アテネの地震の翌朝、また大きな揺れで目が覚め、荷物をまとめてとっとと逃げ出した。船はアテネから3時間の、パトラという町から出るはずだった。アテネの市街から市バスでバスターミナルまで行き、パトラ行きに乗り換えて、午後1時半くらいには港についた。今夜は船で一晩を過ごすことになる。そして明朝にはイタリアだ。
船会社のカウンターにたどり着くのにまず迷い、トラベラーズチェックを両替をするのに時間を要し、いつチケットが売り出されるのか、どこで買えるのかを訊いてまわるのがまたひと苦労だった。やっとチケットの売り出し場所がわかった頃にはすでに数十人が並んでいた。
それにしても、週に何便も出る船なのに、どうして値段とか、売り出し時間とかを貼り出しておかないんだろ。きっとどこかで調べれば簡単にわかることで、こっちのひとにとっては当たり前のことなんだろうけど、そういうことがわからない私には、窓口に並んで、自分の順番がまわってきたらやっと値段が聞けて、でも予算と相談したり検討したりする間もなくチケットを買わないといけないっていうのがちょっとプレッシャーだ。
なんでそんなことがプレッシャーかっていうと、実はここでいくら払うかによって今夜の快適さがまったく変わってくるからだった。船には船室とイス席とデッキ(甲板)がある。デッキっていうのは一晩乗ってわずか4000円っていうきわめてリーズナブルな価格だけど、文字通り風を切って進む船のド真上で寝るわけで、そこで会った旅行者の誰に聞いても「デッキは夏でも寒い」って答えが返ってきた。
でもイス席の正確な値段がわからず、先々のことを考えるとここで贅沢してはいけないような気がして、結局デッキで寝る決意をして窓口に臨んだ。私は夏のイタリア・ギリシャだけを旅するひとたちとは違って、ちょっとだけど防寒服の準備もある。だからなんとかなるんじゃないかと思った。先の方でチケットを買った日本人旅行者の男の子たちが、やっぱりデッキを選んだらしくて「ようし日焼けすっぞ!」って気合いを入れていた。
チケットを買い、出国手続き書とパスポートを提出してスタンプを押してもらった。ヨーロッパ人がみんな、スーパーの袋にいっぱいおやつやパンを持ち込んでるのを見て、そうか船の中のレストランは高いんだな、と気づき、港の売店でパンと紅茶を買ってみた。たかがカンいり紅茶1本とミルクパン2個で500円近くもした。もうここで買っても遅かったか。
港の中に入って、出発ゲートの方角を聞いて歩き出したら、これがまた遠くて、出国手続きカウンターから2キロぐらいあった。それも、ほかの客はどこ行ったんだってぐらい誰もいなくてとても心細い。ほかのゲートに行くためのバスがもしかしたらあったのかもしれない。ひたすら歩いてやっと目的のゲートをみつけた。一隻が何百mもある船の停泊するところだ。6番ゲートから3番ゲートまで歩いてきたんだから確かにたいした距離になるわけだ。
ひと息ついてから、私は荷物おいたまま船の中を見回ってみた。船室のほうは結構豪華そうだった。イス席もじゅうぶんに豪華そうで、広い広い席にゆったりと座ってるひとたちを見てちょっとうらやましくなった。
そのあとヨーロッパでのルートを考えたり、アフリカのガイドブックを読んだりしていたら日がくれた。途中雨がぱらぱら降ってきてちょっと屋根のあるところに避難したりもしたけど雨はほどなく止んでくれた。このまま雨にさらされて一晩眠るなんて、考えるとちょっとおそろしい。いずれにしても出発後間もなく日暮れだったので、さっき「日焼けすっぞ」って上半身裸で歩き回っていた日本人の男の子たちもそろそろ震え始めてるにちがいない。
やれやれ・・・ヨーロッパは思ったよりハードそうだ。このあとブリンディシ港で途方に暮れ、ローマで道に迷い、ヴェネチアで宿にあぶれ、ベルンでイスメット(できごと日記「余ったビール」参照)に会えず、パリでは食いっぱぐれるのかなぁ・・・と考えるとうんざりだった。
今晩船で寝て、明日はもしかしたら電車で寝て・・・次に落ち着けるのはいつなんだろ。タイはご飯がおいしくてよかったなぁ、カトマンズは宿が安くてよかったなぁ、インドなんかは看板や表示にはかならず英語があって、万一のときには遠くまでタクシーに乗っちゃってもたいしてお金がかからなくてホントにラクだったのに。あぁほんと、まいったまいった。
たしかにヨーロッパの物価はプレッシャーだ。ひと月あまりで見るもの見なくちゃいけないっていうのもちょっとキツいなぁと感じる。けど、逆にいうと実は私の旅には「見なくちゃいけない」ものなんてないんだから、プレッシャーに感じるぐらいだったら安いところに長期滞在したっていいわけだし、だいたい、ヨーロッパにはちゃんとヨーロッパに見合うだけの予算配分してきてるんだから、そんなにビビらずに楽しむこともできるんじゃないか?タイにいたころ、次はミャンマーに行かなくちゃいけないとか、そのあとラオスに行かなくちゃいけないとか、そんなこと考えていちいちめんどくさく思ってたか?と自分に問いかけてみた。
最近なんか、ヨーロッパに近づくにつれて、ほんとは縛られてないのに、経済的な制約とか、時間的な制約とか、そういうことに縛られてるような気になって、ほんとに楽しいことなのに気づかなくなってたんじゃないか、ってそんな気がした。
そしたら急に気が楽になって、あぁそうか、あとのことなんか考えないでいま楽しんでいけばいいんだ、という気になった。9時頃にもう一度パンを出してベーコンと一緒に食べたら今度のパンはさっきのより古かったらしくてぱさぱさだった。でもまぁいい。ぱさぱさのパンを食べるのも楽しい。
ベーコンがしょっぱくてのどがかわいたから洗面所で汲んできて水をのんだ。洗面所の水は、特に飲んじゃいけないって書いてないから生水もおもいきり飲んでた。だって私はインド帰りだよ。こんな先進国の船の水であたると思う?
そうだ旅は楽しい。もっと自分の旅に自信を持とう。この旅は私がこれまで経験してきたなかで最高の旅だ。ここまでだけを考えても、到底これまでの自分では得ることのできなかった経験を山ほどしてきた傑作の旅だ。マレーシアでサイコに追いかけられたときも、タイで怪我したときも、ネパールでおなかこわしたときも、インドでぼられたときも私は旅が楽しかった。ヨーロッパが先進国で、ちょっとお金がたくさんかかったからって旅が楽しくなくなるわけない。
私も持ってる長袖を全部着て、最近結構伸びてきた髪をほどいてエリマキにし、服を枕にして寝てみた。「深夜特急」でも、たしか誰かが「Breeze is nice」って言った船の移動があったはずだ。彼はアテネに近い港のピレウスでイタリア行きの船がないので困ってたはずだから、たぶんこれと同じ航路に乗ったと思ったんだけどな。そうそれに、深夜特急96の大沢たかおはこの船の上でワインかなんか飲んでたと思った。どこへ行くの?ギリシャからイタリアへ!なんて楽しいんだ。ギリシャからイタリアへ船で渡るんだ。
寝てみるとだんだんに風の寒さが増してきて、綿パンの裾を靴下のなかに丸めて押し込んでみた。でもまだ寒くてバスタオルを足にかけ、それからウィンドブレーカーのフードを出してかぶってみた。そのうち寒いから風呂敷で顔を覆った。外から見たらかなり異様な風体だろう。冬の新宿駅でもちょっと見ないような格好だ。1時間ほどそのまま寝てみたけどまた寒くなって、これ以上寝られそうになくなってきた。そこでスポーツバッグの中からついにアレを出した。そう、会社のスキー部の送別会のとき、みんなから餞別としてもらったアレだ。エマージェンシーブランケット!銀色のビニールシートみたいなもので、ゲンコツぐらいの大きさにたたまれてるけど広げると毛布一枚の大きさになる。「銀色」の持つ、「温度を反射する」という性質を利用した防寒用シートで、USアーミーでも使ってるとか、NASAで開発されたとか書いてあった。
袋から出してみるとそれは空気を完璧に抜くようにプレスされてるみたいでなんかぺたぺたした手触りだった。くるくる巻いてあるのをはがしていくと、風をはらんでカサカサと音をたてた。まわりのまだ起きてるひとたちが注目して、「なんだあの日本人、でっかいアルミホイルなんか出して」って顔した。自分がドラえもんになったような気がして、頭の中で「パンパカパーン」って音と「エマージェンシーブランケット!」っていう大山のぶ代の声を流してみたら無性におかしくなってくすくすっと笑ってしまった。
エマージェンシーブランケットをひろげ、足にぐるっと巻いたら風は全くはいらなくなり、あったかいと感じるようになった。それからもう朝まで目をさまさず眠りつづけた。目がさめるともう数人のひとが起きてデッキで日の出を見ていた。少し咳が出た。やっぱ少し冷えたかな。でもカゼをひいたっていう感じではない。
![]() 水平線から日が昇る
トイレに行ったら、屋内の船室の廊下で寝てるひとが大勢いた。こんなあったかいところで寝てもいいんだったら私だってこっちで寝たかったよ、と思った。でもいいや、エマージェンシーブランケットの威力がわかったし、意外とぐっすり寝たし、満天の星の下だったから。
さてホントなら9時頃港につくはずだったのに9時過ぎても船は港につかなかった。9時半頃に、日本人の2人連れの女の子たちがやってきた。彼女たちは到着時間が遅いので、もしかしてブリンディシで降りそこねて船がベネチアに向かってるのではと心配したようだった。私も確信がもてなくて、隣の人に聞いてみた。ブリンディシにはまだ着いてないということがわかり彼女たちは安心したようだった。彼女たちは若く見えたけれど大学の3年で、私と同じく、今日ローマに向かうつもりだと言った。
10時過ぎた頃やっと船は港に入ってきた。さっきの女の子たちは、船が着岸する前に荷物をかついでやってきて、「ローマには電車で行くんですか?」とわたしに訊ねた。そのつもり、と答えたあと、ブリンディシの港についてなんの情報もなくて不安だったので、彼女たちに「ついていってもいいかな」って言ったら、ぜひ、と言ってくれた。荷造りをして私も階段に向かった。
ほどなく船は着岸したらしく振動がなくなった。パスポートの表紙を見せるだけの入国審査が終わり階段をおりると、フェリーの出口はもう運んできた車たちが出入りできるように広々と開け放たれていた。船のおろしたスロープから桟橋に移るところで彼女たちは手をつないで、せぇのでジャンプしてイタリアに上陸した。朝の光がまぶしくブリンディシの港を照らし、彼女たちを光の海に吸い込んだ。デリカシーのない私のおなかがぐぅと鳴った。ようこそイタリアへ!ピザとパスタとジェラートの国へ!
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