偶然
   リロングウェを出発した朝、バスターミナルに行ってムランジェ行きのバスを探したけど、直行のバスは、予想したとおり見つけることができなかった。ここからもムランジェ直行のバスがあるけれど、それは毎日とか定期的にあるってもんじゃなく、たまたま運転手がいればあるって言う程度のものらしい。

 ムランジェへ向かう道の途中にはこの国の経済の中心ともいわれるブランタイヤの町があるもんで、そこで乗り換えて行くのが一般的だと客引きたちは口をそろえて言っていた。逆にブランタイヤ行きのバスは不自然なぐらいたくさんあって、ミニバスから中型バスまで、どれも中途半端に客が乗っている。何時に出るという決まりはないらしく、客がいっぱいになったら出発するので、あっちでもこっちでも客引き合戦がはげしい。私は手近にとまってた、そこそこ客のはいってる快適そうな中型バスに乗り込み、後ろのほうの席に座った。


リロングウェの町で売っていた巨大なキリンの置物
 タンザニアからマラウィあたりのバス停は言ってみれば一種のコンビニだ。ベニヤ板にちいさい釘をたくさん打って、そこにブラシからかみそりからアクセサリー、ウォークマンに電卓、ボールペンに石鹸、ありとあらゆるものをぶらさげて窓まで売りにくるやつが大勢いる。フライドポテトを袋につめて売りにくるやつもいれば、駅弁売りみたいな箱にかかえてビスケットとかお菓子の類を売りにくるやつもいるし、野菜、ジュース、へたするとホーローの巨大なサラダボウル、包丁、サッカーボールなんか売りにくることもある。

 誰がバス乗ってるときにふいに必要を感じて包丁やサッカーボールなんか買うか!と思うんだけどこれが不思議なもんで、供給があるところにはもちろん需要もあるらしく、私は実際に包丁もサラダボウルもサッカーボールも売れていくとこを目の当たりにして、考えを改めなければならなかった。バス停は大変便利なところだ。ほっといても要るものからいらないものまで、なんでも勝手に売りに来てくれるんだから。

 つぎつぎに押し寄せては消えていく物売りにもの憂くクビをふりながらバスがいっぱいになるのを待っていたら、前のほうから日本人ぽい女の子たちが乗ってきた。
「日本人ですか?」
と私がきいたのとほぼ同時に、彼女たちのひとりが、
「隊員ですか!?」
と訊ねた。
「はっ?」
とききかえすと、
「旅行ですか?」
とききなおされた。
「そうです。もしかして協力隊の方ですか?」
って聞き返すと、彼女たちはうなずいた。

 まさか玉井くんが世話になったひとじゃないよな、と思いながら雑談してたら、片方の錦織さんは獣医、もうひとりの矢島さんは村落開発として働いてるそうだ。協力隊のひとって、バスに乗れば乗り合わせるぐらい大勢いるんだろうか。彼女たちはブランタイヤになにかの式典に出席するために行くところだと言っていた。

 マラウィでどこに行ったかきかれて、ンカタベイとンコタコタと、と話していたら、彼女たちのひとり、錦織さんが、
「最近マラウィも危なくなってきたから気をつけてくださいね」
と注意してくれた。隊員の中にもひったくりや泥棒にあったひとが多く、旅行者の被害もかなり増えてきているのだそうだ。それをきいて私も、
「実はこのまえタンザニアまで一緒だった大学生の男の子が、私とわかれたあとマラウィを旅行してる間に睡眠薬強盗にやられたらしくて」
って話をしたら、錦織さんはふと眉をあげて、
「それって玉井くん?」
って訊いた。彼女は玉井くんを助けてくれたという隊員そのひとではなかったけど、なんと、その隊員さんが連れてきたときに玉井くんと会ったのだそうだ。なんて世間は狭いんだろうか。

 私がこれからムランジェに行くとこだというと、
「ムランジェ、いいとこですよ」
とすすめられた。錦織さんもムランジェの山に登ったらしい。初日はきびしかったけど、あとは平らなところを歩いてるみたいなもんでのんびり楽しめるっていう。それから彼女は、
「ムランジェにもひとり薬剤師やってる隊員がいるんですけど、彼女も今日の式典にくると思うから話しておきますよ。遊びにいくといいですよ」
って言ってくれた。でもそんな、マラウィだって旅行者なんかいくらでもいるだろうに。いきなり日本人のよしみでお邪魔しましたなんていっても驚かれるだけだろうから、きっとわざわざ訪ねて行きはしないだろうな。ムランジェの町なかに病院があるなら、何日かいれば会えたら会うだろう。と思ったけど、とりあえずよろしくいっておいた。

 バスは標高の高いすずしいところを走り、しばらくしてちょっと雨が降ったと思ったらすごく暑いところにきた。先日から痛んでる腰を保護するため、腰のうしろにバスタオルを置いてみたけど、さほど効果はなさそうだった。検問があるたび、バスの周りを物売りが囲み、すごい騒ぎだ。バスの客は客で、そういうときに立ち上がって窓からジャガイモだのキャベツだのをまとめ買いしてるから不思議だ。私のとなりの奥さんは洗面器に4杯分もジャガイモを買い、買ったはしからバスの床足元にぶちまけた。ぶちまけたジャガイモは、あとから麻袋ふうに仕立てたビニールの袋に入れていた。

 奥さんはじゃがいも売りに、
「チェーンジィ?(おつりある?)」
と聞いていたけど、バスが走りだしそうになったので、こまかいお金で払っていた。それがちょっとたりなかったらしい。受け取ったジャガイモ売りのおばさんは、
「10クワチャ!10クワチャ!!」
と叫びながらバスのヨコッパラたたいて追っかけてきたけどムダだった。ほかにも、玉ねぎの束をとられて、
「お金!お金!」
と追いかけてきた小僧もいたけど、そっちの客は窓から玉ねぎの束を投げ捨てて返していた。壮絶な売り買いだ。

 一度ちょっと長く検問に停まったときに錦織さんがトイレに行くというのでもうひとりの隊員の矢島さんに荷物をたのんでトイレに行った。トイレは使用量が5クワッチャ(10円ぐらい)もしたわりにただの穴だったけど、トイレットペーパーがあった。トイレットペーパーなんて、シリアのあたりからこっち、イスラエルをのぞいてずっとないのが普通だったし、この国じゃ1ロールが20円以上するんでこれはちょっと画期的だ。

 昼ちょっとすぎた頃にバスはブランタイヤについた。ここから街の中心の近くで降りた彼女たちを見送り、私だけバスに残ってターミナルの奥まで行く間にちょうど雨が降り出した。ターミナルにバスが止まると、バスに乗ってた料金徴収係の男の子が、客引きみたいな男の子をつかまえてきて、
「これについていけ Follow this one」
と言った。そして私がバスから出るとき、
「これになにもやらなくていいからね Don't give anything to this one」
と言った。客引きらしき男の子は私の荷物をバス停まで運んでくれ、ほんとになにも要求しないで去っていった。これ呼ばわりされてたけど、彼はいったいどういう立場のひとだったんだろうか。

 カウンターできいたらバスは2時「頃」に来ると言われた。まだ1時間以上あったけど待っていたら、途中おそろしい雷雨になって、3mもの幅のある屋根の下にいるのにどこに立っていても雨が降り込んで、立ってる全員がびしょぬれになった。雨がやむと、私の隣で雨宿りしていた親子連れが、地べたでずぶぬれになってる袋をかつぎはじめた。衣類が入ってるらしくて、水を吸っていかにも重そうだ。大きさも日本のいちばん大きいゴミ袋ぐらい。アフリカのひとたちは荷物を頭にかつぐんで、まずお母さんが子供に一袋かつがせて、もう一袋を自分でかついだ。その子供っていうのがまだ10にも満たないような痩せて小さい子供で、たっぷり水吸った巨大な袋をこんな子が担ぐのとうてい無理だろうと思えたけど、最初手伝ってもらったあとはほいほい歩いていたのでいたく感心した。アフリカの人はマジで強い。

 たしかに2時「頃」にバスは来た。つまり、2時半ちょっと前くらいだ。「ムランジェ行き」とは書いてなくて「モザンビーク国境行き」とだけ書いてあったから、気づかずにやりすごすところだった。バスに乗ってから少し寝てたら、隣の街リンベについていた。そこもかなり物売りが集まるバスターミナルで、おなかがすいたからパンを1個買った。キイロい色がむしょうにおいしそうなパンで、食べたらほんのり甘くやわらかだった。しかもゲンコツ3こぶんぐらいの四角いの1こが5円くらいだった。でもあの黄色は着色料だと思う。だってこの国の卵の黄身は、キイロじゃなくて白いのだから。

 それからかわいい歯ブラシを見かけて買った。透明の取っ手に花柄がプリントされてるやつだ。しかしヘッドはかなり大きい。中国製だ。この国で安いものはすべて中国から来てるような感じ。こんなに遠くまで運んできておいて、なお10円や20円で買える歯ブラシや100円やそこらで買えるホーローカップとかつくってる中国ってやっぱりすごい、と思った。ちなみに私がいましてる腕時計はリロングウェで買った約140円の中国製の時計で、ディスプレイに無意味なデコレーションがたくさんついていてクールだ。メーカー名はASAHIなどと書いてあるところがまたにくい。
リロングウェで買った腕時計

 さてその歯ブラシは晩に使ってみて、ヘッドの大きい歯ブラシを見なおしたほうがいいんではないかと思うにいたった。日本じゃ、隅まで磨けないからといって歯ブラシのヘッドは小さくなる一方だけど、この巨大ヘッドならいっぺんにたくさんの歯が磨け、半分の労力で歯の表面についてはつーるつるになるんだ。つまり虫歯になりやすい細部や隙間についてより長い時間と労力を費やせるってわけ。この歯ブラシなら、南アまで一緒に下ることに異存はないな、と思った。でも、そこはさすが激安歯ブラシ、1週間で毛がぜんぶひらいて使い物にならなくなった。

 さてバスが走り出してしばらくすると、近くに座っていた男が私のとなりにやってきた。この男はなれなれしく話しかけてきて、自分はリロングウェで働いているビジネスマンだ、と名乗ったけど、
「きみ旅行者でしょ?ケニアから来たの?サファリは行った?ライオン見た?ザンジバル島は行った?きれいだったでしょ」
とやけに観光に詳しい。見れば時計や服装などの身なりもまあまあよく、私がうるさそうにしていてもニカニカと貼り付いたような笑顔で話すのをやめず、どうも普通じゃないんだ。一般のひとの話しかけるときのおずおずとした感じがない。それで私はなんとなく玉井くんをやったのはこいつじゃないかとすら思った。(ただし玉井くんがやられたのはムズズなので、そいつがこんなところにいるとも思えないけど。)私がイヤそうにしていたらバスはやっとムランジェについた。


マーケットから見たムランジェ中央山塊
 バスを降りると、目の前が巨大なテーブルになっていた。これがムランジェ中央山塊だった。平原に突然そそりたつ、奇妙なカタチ。それにしてもこれ何メートルあるんだ?ほんとにテーブルクロスかぶったテーブルみたい。頂上の平地にたどりつくまでに少なくとも正面から見た感じ50度以上の角度で切り立っていて、こんなの登るひとの気がしれないと思ってしまう。でもノアが勧めてくれた山だから。登りたいような登りたくないような。第一印象は複雑な感覚だった。

 さてバス停で降りてとりあえずクチをついて出たのがジンバブエゲストハウスだった。ゴーさんにコピーさせてもらったロンリープラネットに、ムランジェのゲストハウスとしてその名がと書いてあったのだ。ひとに聞いてマーケットを歩き、たどりついたらそれがどうも汚くって、外観からしてみすぼらしいし、なんとなく内部も憂鬱になる圧迫感のあるつくり。いくつかの小さい棟にわかれてるんだけど各棟の暗い廊下に1匹ずつ黒っぽい番犬がころがっていてつまづくとガウっていうし、どうも気が進まない。

 もう夕方5時になっちゃってたから、とりあえずチェックインしてしまった。でもそれからトイレを見せてもらったらすごい不潔な感じ。しかも暗い中庭をずんずん歩いて行かなくちゃいけない。夜中にトイレに行きたくなったらトイレまで歩かずに中庭でしてしまいそうだ。とりあえず1泊分のお金、130円ばかしを払ったものの、室内に電源もないし、あしたブランタイヤに帰ろうかなと悩んでしまった。

 なんか落ち着かなくて荷物もあけずに外に出た。ここって「ジンバブエモダンレストハウス」って名前なんで、私の探していた「ジンバブエゲストハウス」とは別物かもしれない。大通りに出て、ガイドブックにあったほかのゲストハウスを探したけど見つからず、観念してジンバブエモダンに泊まろうかと思った矢先、ふと目に付いた看板に従っていくとなんとなく清潔そうな宿がある。中を見せてもらったら圧迫感のない、湿った木のにおいのしない部屋があった。シングルの室内もジンバブエモダンよりはずっと広い。ダブルを見せてもらうとジンバブエモダンの部屋の2倍くらいの広さがあり、壁に電源まであった。コンセントの外側に燃え上がったような痕跡がみえたけど、使えることは使えるらしい。これで私はもう今すぐここに移ってくることに決めた。・・・ここに移動してムランジェにとどまったことが、よくも悪くも私にとって因縁のできごとになる、ということを知るのは、まだ数日あとのことだ。

 ジンバブエモダンにかえって荷物をとり、言い訳がましく、
「あっちのホテルで友達をみつけたから移りたいんだけど」
といったら、手数料を少しひいてお金は返してくれた。それからさきほどのホテル、ンダンゴプマ・レストハウスにもどってチェックインした。そして荷物を置き、近所のレストランに晩御飯を、というより今日はじめての食事らしい食事をしにいった。部屋に戻って日記を書き、ぼんやりしてたら夜がふけた。

 リロングウェのホテルの毛布でアレルギーを起こしてたらしくて熱っぽく体調がよくない。そのせいか、なんとなくマラウィにきて、こんなに花がきれいなのに、雲も空もあざやかなのに、何も見つけられないような気がしてならない。もしかしたら、他のツーリストと会えないのがいけないのかもしれない。玉井くんの話を聞いたせいかもしれないけど、ローカルのひとたちでも熱心に話しかけてくるひとたちは、インドのように油断がならない感じがしてしょうがないし、道で声をかけてくる子供たちも最後には「マネー」だし。
国中がこの黄色い花でうめつくされている

 私もついに旅に疲れたかなあ。このまえからラーメンが頭のなかをめぐっている。いませめてタイにでも戻れたら、ちょっとのんびりしておいしいもの食べて、気持ちをたてなおすことができるんだろうけど。これからまだ半年ぐらいも、日本に帰らないで南米から北米まで旅を続けるなんてできるのかなあと思ってしまう。