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偶然
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リロングウェを出発した朝、バスターミナルに行ってムランジェ行きのバスを探したけど、直行のバスは、予想したとおり見つけることができなかった。ここからもムランジェ直行のバスがあるけれど、それは毎日とか定期的にあるってもんじゃなく、たまたま運転手がいればあるって言う程度のものらしい。
ムランジェへ向かう道の途中にはこの国の経済の中心ともいわれるブランタイヤの町があるもんで、そこで乗り換えて行くのが一般的だと客引きたちは口をそろえて言っていた。逆にブランタイヤ行きのバスは不自然なぐらいたくさんあって、ミニバスから中型バスまで、どれも中途半端に客が乗っている。何時に出るという決まりはないらしく、客がいっぱいになったら出発するので、あっちでもこっちでも客引き合戦がはげしい。私は手近にとまってた、そこそこ客のはいってる快適そうな中型バスに乗り込み、後ろのほうの席に座った。
誰がバス乗ってるときにふいに必要を感じて包丁やサッカーボールなんか買うか!と思うんだけどこれが不思議なもんで、供給があるところにはもちろん需要もあるらしく、私は実際に包丁もサラダボウルもサッカーボールも売れていくとこを目の当たりにして、考えを改めなければならなかった。バス停は大変便利なところだ。ほっといても要るものからいらないものまで、なんでも勝手に売りに来てくれるんだから。
つぎつぎに押し寄せては消えていく物売りにもの憂くクビをふりながらバスがいっぱいになるのを待っていたら、前のほうから日本人ぽい女の子たちが乗ってきた。
まさか玉井くんが世話になったひとじゃないよな、と思いながら雑談してたら、片方の錦織さんは獣医、もうひとりの矢島さんは村落開発として働いてるそうだ。協力隊のひとって、バスに乗れば乗り合わせるぐらい大勢いるんだろうか。彼女たちはブランタイヤになにかの式典に出席するために行くところだと言っていた。
マラウィでどこに行ったかきかれて、ンカタベイとンコタコタと、と話していたら、彼女たちのひとり、錦織さんが、
私がこれからムランジェに行くとこだというと、
バスは標高の高いすずしいところを走り、しばらくしてちょっと雨が降ったと思ったらすごく暑いところにきた。先日から痛んでる腰を保護するため、腰のうしろにバスタオルを置いてみたけど、さほど効果はなさそうだった。検問があるたび、バスの周りを物売りが囲み、すごい騒ぎだ。バスの客は客で、そういうときに立ち上がって窓からジャガイモだのキャベツだのをまとめ買いしてるから不思議だ。私のとなりの奥さんは洗面器に4杯分もジャガイモを買い、買ったはしからバスの床足元にぶちまけた。ぶちまけたジャガイモは、あとから麻袋ふうに仕立てたビニールの袋に入れていた。
奥さんはじゃがいも売りに、
一度ちょっと長く検問に停まったときに錦織さんがトイレに行くというのでもうひとりの隊員の矢島さんに荷物をたのんでトイレに行った。トイレは使用量が5クワッチャ(10円ぐらい)もしたわりにただの穴だったけど、トイレットペーパーがあった。トイレットペーパーなんて、シリアのあたりからこっち、イスラエルをのぞいてずっとないのが普通だったし、この国じゃ1ロールが20円以上するんでこれはちょっと画期的だ。
昼ちょっとすぎた頃にバスはブランタイヤについた。ここから街の中心の近くで降りた彼女たちを見送り、私だけバスに残ってターミナルの奥まで行く間にちょうど雨が降り出した。ターミナルにバスが止まると、バスに乗ってた料金徴収係の男の子が、客引きみたいな男の子をつかまえてきて、
カウンターできいたらバスは2時「頃」に来ると言われた。まだ1時間以上あったけど待っていたら、途中おそろしい雷雨になって、3mもの幅のある屋根の下にいるのにどこに立っていても雨が降り込んで、立ってる全員がびしょぬれになった。雨がやむと、私の隣で雨宿りしていた親子連れが、地べたでずぶぬれになってる袋をかつぎはじめた。衣類が入ってるらしくて、水を吸っていかにも重そうだ。大きさも日本のいちばん大きいゴミ袋ぐらい。アフリカのひとたちは荷物を頭にかつぐんで、まずお母さんが子供に一袋かつがせて、もう一袋を自分でかついだ。その子供っていうのがまだ10にも満たないような痩せて小さい子供で、たっぷり水吸った巨大な袋をこんな子が担ぐのとうてい無理だろうと思えたけど、最初手伝ってもらったあとはほいほい歩いていたのでいたく感心した。アフリカの人はマジで強い。
たしかに2時「頃」にバスは来た。つまり、2時半ちょっと前くらいだ。「ムランジェ行き」とは書いてなくて「モザンビーク国境行き」とだけ書いてあったから、気づかずにやりすごすところだった。バスに乗ってから少し寝てたら、隣の街リンベについていた。そこもかなり物売りが集まるバスターミナルで、おなかがすいたからパンを1個買った。キイロい色がむしょうにおいしそうなパンで、食べたらほんのり甘くやわらかだった。しかもゲンコツ3こぶんぐらいの四角いの1こが5円くらいだった。でもあの黄色は着色料だと思う。だってこの国の卵の黄身は、キイロじゃなくて白いのだから。
さてその歯ブラシは晩に使ってみて、ヘッドの大きい歯ブラシを見なおしたほうがいいんではないかと思うにいたった。日本じゃ、隅まで磨けないからといって歯ブラシのヘッドは小さくなる一方だけど、この巨大ヘッドならいっぺんにたくさんの歯が磨け、半分の労力で歯の表面についてはつーるつるになるんだ。つまり虫歯になりやすい細部や隙間についてより長い時間と労力を費やせるってわけ。この歯ブラシなら、南アまで一緒に下ることに異存はないな、と思った。でも、そこはさすが激安歯ブラシ、1週間で毛がぜんぶひらいて使い物にならなくなった。
さてバスが走り出してしばらくすると、近くに座っていた男が私のとなりにやってきた。この男はなれなれしく話しかけてきて、自分はリロングウェで働いているビジネスマンだ、と名乗ったけど、
さてバス停で降りてとりあえずクチをついて出たのがジンバブエゲストハウスだった。ゴーさんにコピーさせてもらったロンリープラネットに、ムランジェのゲストハウスとしてその名がと書いてあったのだ。ひとに聞いてマーケットを歩き、たどりついたらそれがどうも汚くって、外観からしてみすぼらしいし、なんとなく内部も憂鬱になる圧迫感のあるつくり。いくつかの小さい棟にわかれてるんだけど各棟の暗い廊下に1匹ずつ黒っぽい番犬がころがっていてつまづくとガウっていうし、どうも気が進まない。
もう夕方5時になっちゃってたから、とりあえずチェックインしてしまった。でもそれからトイレを見せてもらったらすごい不潔な感じ。しかも暗い中庭をずんずん歩いて行かなくちゃいけない。夜中にトイレに行きたくなったらトイレまで歩かずに中庭でしてしまいそうだ。とりあえず1泊分のお金、130円ばかしを払ったものの、室内に電源もないし、あしたブランタイヤに帰ろうかなと悩んでしまった。
なんか落ち着かなくて荷物もあけずに外に出た。ここって「ジンバブエモダンレストハウス」って名前なんで、私の探していた「ジンバブエゲストハウス」とは別物かもしれない。大通りに出て、ガイドブックにあったほかのゲストハウスを探したけど見つからず、観念してジンバブエモダンに泊まろうかと思った矢先、ふと目に付いた看板に従っていくとなんとなく清潔そうな宿がある。中を見せてもらったら圧迫感のない、湿った木のにおいのしない部屋があった。シングルの室内もジンバブエモダンよりはずっと広い。ダブルを見せてもらうとジンバブエモダンの部屋の2倍くらいの広さがあり、壁に電源まであった。コンセントの外側に燃え上がったような痕跡がみえたけど、使えることは使えるらしい。これで私はもう今すぐここに移ってくることに決めた。・・・ここに移動してムランジェにとどまったことが、よくも悪くも私にとって因縁のできごとになる、ということを知るのは、まだ数日あとのことだ。
ジンバブエモダンにかえって荷物をとり、言い訳がましく、
私もついに旅に疲れたかなあ。このまえからラーメンが頭のなかをめぐっている。いませめてタイにでも戻れたら、ちょっとのんびりしておいしいもの食べて、気持ちをたてなおすことができるんだろうけど。これからまだ半年ぐらいも、日本に帰らないで南米から北米まで旅を続けるなんてできるのかなあと思ってしまう。
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